他責と自責が隣り合わせ、日々の人種間緊張を綴った『クラッシュ』(2004)

2006年のアカデミー賞作品賞・脚本賞・編集賞を受賞していた『クラッシュ』、私自身は公開当時まったくスルーしていて、その翌年に見て衝撃を受けた作品です。この作品はもっと知られていいと思うのと、2020年の文脈で見てもすごく考えさせられるので、おススメの気持ちを込めてここに綴っています。

監督とキャスト

ポール・ハギス監督はカナダ人、テレビ番組の制作の後に初めて映画『ミリオンダラー・ベイビー』(2004、クリント・イーストウッド主演、監督)の脚本賞を受賞。同年、お膝元のトロント映画祭で『クラッシュ』がワールド・プレミア。自身の関わった映画が2本(2年)連続でアカデミー賞受賞と言う、史上初の快挙を遂げました。

群像劇がこの映画の魅力ですが、キャストで日本に名の売れた俳優さんにはマット・ディロン、サンドラ・ブロックなどがいました。マット・ディロンはアイドル映画以降役に恵まれず、この映画が初の悪役だったことが話題になりました。(殺人犯の主人公も耐えられる強い心の方は、「映画『ハウス・ジャック・ビルト』について語るならば…」をどうぞ。)ポスターではヒーローのように収まっていますが、期待したら大間違いですよ。

人種とステレオタイプ

最新で2019年の米国人口統計を見ると、人口は3億2,800万人、人種構成比の推計は以下のとおりです。注釈にもあるのですが、ヒスパニックはどの人種にも存在しうることや、人によって自身の人種の認識はまちまちのため、合計は100%にはなりません。

  • 白人(それ以外はなし) 76.5%
  • 黒人、アフリカ系アメリカ人(それ以外はなし) 13.4%
  • ネイティブインディアン、ネイティブアラスカン(それ以外はなし) 1.3%
  • アジア系(それ以外はなし) 5.9%
  • ネイティブハワイアン、太平洋諸島系(それ以外はなし) 0.2%
  • 2つ以上の人種 2.7%
  • ヒスパニック/ラティーノ 18.3%
  • 白人(ヒスパニック/ラティーノ以外) 60.4%

一番最後の「白人」が、いわゆるヨーロッパ系の白人と思われ、現在は6割ですが、20年後には過半数を切ると言われています。これで見ると、白人、ヒスパニック、黒人の順で多いようですね。『クラッシュ』でもこの三者に、アジア系と中東系を加えての五者が交錯します。

日本人として『クラッシュ』を見る時に、分かりづらかったのは、ヒスパニックの存在でした。リアという女性刑事が出てきますが(画像はこちら)、マライア・キャリーのような見た目で、日本人からは一見「白人」のように見えます。リアのセリフで、「私の父親はプエルトリコ出身、母親はエルサルバドル出身。どっちもメキシカンじゃないわ!」。いつもメキシカンに括られてしまうということですね。作品中で黒人ギャングがアジア系の男性を車ではねてしまうのですが、「チャイナマンを轢いちゃった(“I ran over a Chinaman.”) 」というセリフがあります。日本人でもカンボジア人でも、アジア人の意味でチャイナと言われるのはよくあることです。

もう一人のヒスパニックとしては、マイケル・ペーニャ演じるダニエルという錠前やさん。スキンヘッドでヒゲ男子だったので、「黒人」かと見まちがいました。このように、見た目の幅が広いヒスパニックですが、いずれにしても、リアもダニエルもマイノリティということです。

作品にはペルシャ系の家族も出てきますが、ペルシャ系とアラブ系は異なります。それを一緒くたに中東系と括られ、もっと言えばテロリストと一緒にしてしまうような乱暴な見方、私たちの日常にあるのではないでしょうか。

いい人も悪い人もいない

この作品を一言で表現するとしたら、「いい人も悪い人もいない」かなと思っています。物語は、一見「いい人」と一見「悪い人」で始まりますが、それは本当にそうかな?と思わざるを得ない展開が待っています。

みんなが自身のステレオタイプ(色メガネ)で他人を見て、少しずつ誤解して、罵り、怒りをぶつけます。「白人のせいで~~だ」「黒人のせいで~~だ」という「他責」の部分です。他人のステレオタイプには気づきやすいですが、自分はどうかな? 気づき、自分の内側に目を向け、そして「自責」に行き着く瞬間もあります。

詳しくは作品を見ていただきたいのですが、一つ象徴的なのは、サンドラ・ブロックが演じる、いわゆる白人妻です。自家用車を黒人2人組に盗まれてしまったのですが、車が盗まれたことと自分のイライラは関係ない、自分はいつもいろいろな人に怒鳴り散らしていることに気づくのです。“I am angry all the time, and I don’t know why.” 理由も分からなくいつも怒りを抱えている自分に気づく、これはスゴい瞬間です。

Photo by cottonbro from Pexels

監督が白人のため、この映画はホワイトからの見方だと批判する声もありますが、この作品から特定の人種を擁護する感じは受けませんでした。繰り返しますが、「いい人も悪い人もいない」、言い換えれば、みんなちょっとずつ良くて、ちょっとずつ悪い、デコボコな生き方をしているきわめて人間らしい人たちです。『クラッシュ』は、人種をテーマにはしていますが、プロパガンダ的に正義をかざすものではなく、観る者に問いかけるような、きわめて内省的な作品だと思います。

アメリカに暮らすリアリティ

日本に住んでいると、自分のモンゴロイド(黄色人種)を意識することもほぼないですし、日本人という大多数に属するので、少数派の立場に身を置くことはほとんどありません。アメリカでは、私も経験がありますが、アジア人だと言うことを自分も他人も認識しますし、人を形容する時に「白人の~」「黒人の~」を使うこともあります。

Photo by Life Matters from Pexels

アメリカには、作品の舞台であるロサンゼルスほど人種が多様性でない地域もありますが、それでも人種の問題は避けては通れません。白人がマジョリティ、黒人がマイノリティである現実は変わらず、白人でも黒人でもないアジア人は、争いを避け賢く生きる、そんな価値観が映画にも見え隠れします。

『クラッシュ』が描写する日常の緊張感は参考になると思うので、アメリカ移住を考えている方などは、この緊張感に自分をホールドできるか、きちんと問うてみるとよいと思います。

Junko

1973年静岡生まれ、星読み☆映画ライター。アメリカ留学経験者、異文化交流実践者、広報コンサルタント。

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