人には雑談力が必要、『ヒトラーのための虐殺会議』

こんにちは、星読み☆映画ライターのJunkoです!

『ヒトラーのための虐殺会議』(2022)に行ってきました。ちなみに、昼間で60数席が満席の回でした。

マッティ・ゲショネック監督の作品。終戦からまもなく80年でしょうか、いつになっても振り返ることは必要です。

本作品は、1942年のヴァンゼー会議、つまり史実が元になっています。殺りくに関するおぞましい決定がされるので、内容については言語道断ですが、この作品の映画的な見どころ、文化的な見どころをお伝えしたいと思います。

『ヒトラーのための虐殺会議』へのひと言

この作品の興味深いところは、現実でもあるあるです。

会議よりも、雑談。

作品は、ヴァンゼー会議をリアルタイムで中継しているかのように進みます。実際の会議は90分だったようで、映画が112分です。私たちは会議の場に、「神の目」もしくはドローンのように、そこに介在しています。会議に途中休憩が入るので、そこだけ複数場面の描写があります。

ドイツに根回しカルチャーがあるかわかりませんが、シャンシャンと終わるような会議ではありません。議事録も残ります。そこで、どこに着地させようか、腹のうちを探りながら、進行します。出席者15人にそれぞれの担当領域がありますから、自分に不利にならないような結論を出すことにも必死です。

そして、リアルでもそうですが、会議の雲行きが怪しくなった時に、休憩を入れて場を整える。お腹を満たしたりタバコを吸ったりして、リフレッシュする。公式の場面では発言しづらいことを、こっそり打ち明ける。そんなシーンのてんこ盛りなのです。繰り返しますが、内容が内容のために、おぞましい限りなのですが、90分の中で繰り広げられる心理戦は、とても興味深いです。

法と宗教の力

もう一つ、ドイツらしいと思ったことがあります。会議には、法律を背景に持つ方、宗教を背景に持つ方が参加しています。ドイツは法律が強そう、と素人の私は漠然と法治国家のイメージを抱きます。

会議の中で、法律を変えていいかどうかという議論が持ち上がります。ここで面白いのは、賛成派と否定派の双方が、法律はむやみに変えるべきではないと思っていることです。これは、イデオロギーのレベルで刷り込まれていますね。つまり、法に反することを行ったら、社会からの反発を免れない、収拾がつかない、ということを、どちらも分かって発言しています。ですので、「非常時だからやっちまえ!」とならない、法の役割や威力をよく理解している人の議論です。

もう一つは宗教です。もちろん政教分離というのはありますが、社会通念として大切な考え方です。ここでパッとメルケル前首相が思い浮かびました。彼女は牧師のお父様をもち、だからこそ民意というものを大切にしていますし、語りかけることが上手と思います。本作でも、牧師の投じる一言は、会議の方向性に影響を与えます。

人道的とは何か

作品の中で、人道的という言葉が何度か使われます。本当の人道的とは、分け隔てなく命を守ること、救うことだと思うのですが、明らかに誤った解釈で人道を求めています。つまり、殺される側の痛みを少なくする、殺す側の精神的負担を少なくする、など。そして、それが平和主義だと言います。

人種的優位性を説いた方々は、劣性の人種以外を抹消することが正義だと考えます。そのような極限的状況の中では、人道的と判断したのかもしれませんが、スタート時点がそもそもおかしい。真っ当な人道主義、平和主義を持ち込んでも、議論が噛み合わないでしょう。

でもこのことは、とても大事な教訓だと思います。自分と相手とはちがう、相手の前提条件は何か、同じ言葉を別の意味で使っていないか、を細かく見ていく作業は、日常でもとても大切な行為だからです。

虐殺会議には100%反対しますが、いわゆる会議において大切なこと、つまり雑談力、法への意識や民意への配慮、言葉のすり合わせ、そんなトピックが満載でした。それこそ人間らしさであり、国や人種を問わず、今もこういった光景が、会議において繰り広げられていると思います。

公式サイト:https://klockworx-v.com/conference/

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Junko

1973年静岡生まれ、星読み☆映画ライター。アメリカ留学経験者、異文化交流実践者、広報コンサルタント。

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