自由に「妄想」できなくなる時代へ

自由に「妄想」できなくなる時代へ

詳しく思い出せないのですが、20代の頃、北欧の思想だったかこんなことを聞いた覚えがあります。

「自分の頭の中は、誰にも侵されないので、何を考えても想像しても自由。そこから外に出す行為、つまり発言や行動することには、責任が伴う」という考え方。例えば、殺人や人種差別、小児性愛など、社会として禁じられている思想や行為があります。しかしその人が「思っている」だけであれば、他人が踏み入ることはできない、という話です。学生を終える頃の私には、妙に説得力がありました。

そして今、歴史学者ユヴァル・ノア・ハラリ博士が登場したNHKの番組(2019年4月『パンデミックが変える世界』)で、一つの恐ろしいシナリオが共有されました。デジタル技術を使った監視技術についてです。

中国ではアプリを開発し、感染者や濃厚接触者を割り出していました。市民に一見便利な情報提供に見える一方で、個人情報を登録させ、個人の移動を当局が記録、収集していました。民主主義国家においても、このような社会の混乱時には導入されてしまうムードがあるそうです。ハラリ博士は続けます。

Photo by Ivan Samkov from Pexels

第2の大きな変化は、監視のあり方が変わるということです。
これまで政府や企業は主に皮膚の上で起こる情報を集めてきました。
どこへ行くのか、何を読むのか、誰と会うのか、そういった情報です。
しかし今は、皮膚の下で起こることにより大きな関心を向けています。
私の体温、血圧などから、私の体の中に入り込もうとしているのです。
これには危険が潜んでいます。
体内の現象に関する情報を集めるための新しい大規模な監視システムが導入されれば、政府や企業が私たちについて私自身よりもよく知るようになります
あなたが私の体内を監視できるなら、私の感情を知ることができるようになるのです。私についてすべてを知ることができます。

例えば、オンライン記事をクリックすれば、いつどんなものを読んだのかは分かってしまう、これはすでに日常で起きています。さらに、読み手の血圧、体温、心臓の鼓動を監視すれば、その記事を読んでの反応、つまり読み手の感情を知ることまでできてしまう、というわけです。

もし独裁国家が、生体情報モニタリングのため市民にブレスレットを着用させれば、指導者のスピーチを聞いた時に笑顔で拍手をした人が、実は怒りの感情を抱いていたならば、隠し通すことができない。そんな事例をハリル博士は出します。

歴史を振り返っても、例えば隠れキリシタンの方々の歴史を思い出しました。行動や発言を歪めてまで、信仰を守った、それほど思想は尊いものです。この方たちにブレスレットをつけて、何を信仰しているか確認するようなことが、許されるはずがありません。

少し前のウソ発見器は、鼓動が速くなる、手に汗をかくなどを感知し、これに近い仕組みだったのでしょうか。私たちは今、好んでFitbitやApple Watchを身に着けていますが、生体情報が他人に渡ることに対しては、もう少し敏感になった方がよいかもしれません。

もちろん心拍数、体重、睡眠時間などを把握することは自身の健康促進に役立ちます。記録は、企業が「個人に紐づかない」かつ「商品の性能やサービス向上のため」という性善説に立ち、ビッグデータとして活用するところまでは想像はしていました。が、一線を超えると危険な世界が待っているということまで、想像力が及びませんでした。

コロナウイルスに関しては、疫学専門家のグループや研究所が生体情報データを扱うべき、政府や警察に渡すべきではない、とハラリ博士は主張します。

「一般市民は何ができるか」という問いに対して、ハリル博士は「権力が暴走しないかをきちんと監視すること」だと答えました。おそらくそれが一番合理的でしょう。他の選択肢を考えてみましたが、
・デジタルデバイスを使わずに、アナログに生きる(非現実的でしょう)
・自分一人で使えるアプリなどを開発する(優秀な人ならできるけれど万能ではないでしょう)
・データ提供の合意に「NO」できるものはそうする(取られてしまえばおしまいですが、法的に守られていれば安心できそう)
・データに暗号をかけ、見破られないようにする(あまり意味はないでしょう)
・生体情報をすり替えたりでっち上げたりできるようなアプリを使う(いたちごっこでしょう)
・仙人になり、生体情報と感情を切り離せるようになる(笑)

Photo by Andrea Piacquadio from Pexels

思想、発言、行動の自由が保障されている(と思いたい)民主主義社会。その中でも、最後の最後まで、思想は自由であるはずです。私は、「妄想」バンザイ!と言いたい。