浜崎あゆみさんですら、普通の恋愛がしたかった

浜崎あゆみさんの過去の恋愛を綴った本の発売(8月1日)が話題です。

情報番組で内容についてたくさん触れていたので、「なぜ今?」「プロならば言うべきでない」という批判も含めて、十分な宣伝効果を上げています。

読まずとも内容は分かりました。私はファンではないので、リアルタイムに曲を知っていることもありません。

そのような第三者目線で感じたことは、正直若かりしあゆは「気の毒」ということでした。

気の毒の意味は、圧倒的に大人(社会人)や集団生活の経験が足りないままに、身近にいる異性を本気で好きになった例のように思えたからです。

学校という場所の意味

私の定義をお伝えすると、学校は、一つは学業(アカデミック)を追求する場であり、もう一つは集団生活(ソーシャル)を疑似体験する場です。

勉強だけならば究極、家庭教師をつけたりe-learningで自宅で勉強してもよい。社会勉強は、家族以外の他者がいないと成立しません。誰かと競うこと、協力すること、何かを成し遂げること、時間を守ること、噂話をすること、借りたり貸したりすること、礼を尽くすこと、すべてが勉強です。

思春期とも重なる中高生の時期では、自分の体が変化したり、誰かを好きになったり、好きだと言われたり、同性からライバル視されたり、お付き合いが始まったり、噂だけが広まったり、振られたり。それも立派な勉強です。

勉強が大嫌いでも、学校に行った方がよいと思う理由は、ここにあります。

高校野球が面白い理由

もう少し話を進めると、なぜ高校野球が面白いかという話にもつながります。ファンは、野球自体が見たいということのほかに、人間として成長途中にある高校生の、メンタルを面白いと感じるのです。それは、思いのほかまっすぐであり、思いのほかもろいのです。

全力投球するあまり、駆け引きが上手でなかったり、どんな強豪校でも、流れが変わると一気に崩れてしまう恐ろしさもあります。

優秀な高校野球監督、高校サッカー監督は、よく「選手である前に高校生」という名言を残しています。注目されて勘違いしてしまう選手もいる中で、高校生であるから注目されていること、 チームスポーツを通じて、高校を卒業して恥ずかしくない大人になれるよう、指導されています。

そばにいたら好きになる説

憶測の範囲で語るならば、17歳のあゆから見た、できる年上の大人M氏はカッコよく、まっすぐな気持ちで好きになったことが伺えます。一般的な17歳であれば、同級生や同学年、年上の先輩、少し活動範囲が広い人でも大学生やバイト先の先輩が恋愛対象になるかと思います。そういうある意味限定された社会勉強の場とは異なり、大人のビジネスの場に放り込まれたら、恋愛もそういうスタイルになってしまいます。

ただ、身近な人を好きになったという点は変わらなかったのですね。先日も、アマゾンプライムで『バチェラー3』が始まるということで、指原莉乃さんや過去の出演者がトークをしていましたが、「撮影中は下界から一切の情報が遮断され、男性スタッフさんもそっけない態度のため、バチェラーの人をおのずと好きになってしまう」と話していました。

どんなリアクションを期待?

正直、これを読んでどんな気持ちになってほしいかは、分かりません。私がファンだったら、共感できる彼女の歌詞に実話を想像したくないので、知らない方がよかったと思います。墓場まで持って行くのがプロ、という考えの方が納得いきます。

それでも、最新のDVDジャケットを見ると、まっすぐな眉が印象的なあゆの顔がありました。この眉は、意志の強さを示していますね。40歳でもしわのない若さに、大人の成熟よりは、少女の脆さをまだ内面に併せ持っているように感じます。だからまだ「気の毒」という言葉を当てはめてしまいます。

デビューが若かった芸能人やスポーツ選手が「あれ?」という事件を起こすことがあるのも、社会に出る前の練習期間が不足している結果と感じ、周りがケアする必要があるのだということを、つくづく思うのです。

そして、名声の代償があること、普通であることの幸せも、感じますね。

Junko

1973年静岡生まれ、星読み☆映画ライター。アメリカ留学経験者、異文化交流実践者、広報コンサルタント。

おすすめ

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 が付いている欄は必須項目です