年齢差に注目、『リコリス・ピザ』(2021)
こんにちは、星読み☆映画ライターのJunkoです!
ポール・T・アンダーソン監督の最新作、『リコリス・ピザ』。初日に見てきましたが、午後の回でも8割ほど入っており、根強いファンがいることが伺えます。私自身は『ハード・エイト』(1996)からこの監督を追いかけていますが、最近は作品と作品の間が開きがち(長いと5年)になり、なかなかコンスタントには見られないのが現実です。
そんなんで監督だけで足を運んだため、新人の主演2人の起用においても、重要人物だったことを見終わってから気づくという有り様ですが、早速ひと言つぶやきます。
『リコリス・ピザ』へのひと言
予告では特に強調されていなかったのが、主人公2人の年齢です。
「おとな」と「こども」が恋に落ちる。
例えばですね、歳の差カップルと言われた時、35歳と25歳はありそうです。55歳と40歳もありそうです。
でも、この歳の差をスライドさせると、大人の境目(例えば20歳)を越える関係になります。25歳と15歳(10歳差)、30歳と15歳(15歳差)、はどうでしょうか。
例えば高校教師と生徒のように、禁断の関係という古い言葉もありますし、未成年と体の関係を持てば犯罪となります。この、身近ながら真っ向から扱うのが難しいテーマ「年齢差」を扱ったのが、本作だったというわけです。
加えて、女性の方が年上。10代の少年が、頭の中がお花畑でも、20代で社会人の女性は分別があり、自然と考えてしまうことも多くなる。周囲に話したら「キモい」と言われかねない。私が傍観者だったら、キモいと言っているでしょう。この設定自体が、誰もが経験もしくは想像できる心の葛藤で、物語を豊かにしてくれています。
やっぱり全力疾走!
主演の2人が「走る」シーンが、作品の中でも肝になっているのですが、古今東西、「全力疾走」=若さや実直さの象徴ですね。全力で走る時には他のことを考えられませんから、思いに嘘がなく、純度が高い感じです。
そして単に一つのシーンだけを取り上げ、端と端から走りあって抱き合う、なんてシンプルではないのが、監督の上手いところ。注目です。
ヒーローのクーパー・ホフマンはややぽっちゃり、ヒロインのアラナ・ハイムも特徴的な鼻をしていて、二人とも美男美女かというと、そんなことはありません。でも思春期の二人が演じることで、自分への好きと嫌い、相手への好きと嫌い、自分の限界を越えるところが詰まっている。だからこそ愛おしいと思える、等身大の2人が切り取られています。
ディカプリオが演じなくてよかった。演じていたら別の映画になっていました。
カリフォルニアの風が吹く
リコリス・ピザが店舗名だったことも後から知ったのですが、実在するレコードショップです。
このお店のロゴを知っていると、映画のビジュアルとの関連がよく分かりますね。
なぜピザ?と思ったら、そうか、レコードに例えています。
そしてリコリス(甘草)は、多くの日本人が苦手な味ですが、アメリカのお菓子の定番でリコリスのグミキャンディがあります。つまり、黒色ってこと。
ちなみにレコードは、英語で vinyl と言って、発音は「ヴァイナイル」です。ビニールでできているからなんですが、黒い盤状のレコードを指すようになりました。
日本のオーディエンスが掴みづらい事実としては、主人公のアラナ・ハイムさんが3姉妹で音楽バンド「ハイム」を結成しているということ。実名での出演で、家族も出たというわけ。アンダーソン監督はミュージシャンとも交友関係があり、顔の広さがうかがえます。
ピザ屋の話でもないし、何ならレコード屋の話でもないので、『リコリス・ピザ』というタイトルは難解で誤解を招くのではとも感じました。私の理解では、1970年代の「ロサンゼルスの空気感」の象徴、ということになるかな。タランティーノ監督の『ワンス・アポン・ア・タイム・インハリウッド』とも似た空気感でした。
アンダーソン監督の映画では、お膝元であるロサンゼルスがよく舞台になります。地元しか撮らない主義かな?
固定電話かけ放題の夢
スマホしか知らない世代には理解が難しいかもしれませんが、固定電話全盛期、かけた距離と時間に応じて通話料金が請求されました。東京からであれば、区内の03が最も安く、北海道や九州、海外にかけたら、それなりに高いというわけです。
高校生、大学生のいわゆる多感な時期には、学校で話すだけでは物足りず、通学の時間も、図書館での勉強の時間も、家に帰ってからも、おしゃべりしたくなるもの。そこでうらやましかったのが、アメリカの市内局番話し放題と、電話の長いコード!
日本ではモデムでインターネットに接続していた時代に、かけ放題というプランがありましたが、その前は月額固定の話し放題はなかったです。
アメリカの話し放題で、コードを手でぐるぐるしながら家の中を歩き回って会話する様子は、まさに憧れでした。そんな懐かしさも、映画ではよく表現されていました。
批評家もこぞって本作を誉めているようですが、どこを切り取ってもスタイリッシュで愛おしい、そんな素敵な2時間強でした。音楽については詳しくないので、音楽ライターさんの記事を読んでみます。やっぱりポール・T・アンダーソンが好きだ!