リアリズムの是枝監督、師ケン・ローチと語る(NHKクローズアップ現代+)
NHKクローズアップ現代+(2019年9月)で、『是枝裕和×ケン・ローチ “家族” と “社会” を語る』を見ました。
私はケン・ローチ監督の作品が大好きなのですが、1990年代前半の『リフ・ラフ』(1991)や『レイニング・ストーンズ』(1993)などは、救いようのない中に滑稽さがあるという感じで、主人公たちのやぶれかぶれな行動を失笑しながら、見ていた気がします。
今回、御年83歳にしてまだ作品作りを続けられるローチ監督と、ローチ監督の作品に向ける眼差しや演出方法をずっと参考にしてきたという是枝裕和監督が、それぞれ最新作『万引き家族』『家族を想う時』を中心に対談しました。
お互いの作品からワンシーンを切り出す
大変興味深かったのが、お互いの作品で心に残るシーンを具体的に挙げたところです。
是枝監督は、『わたしは、ダニエル・ブレイク』(2016)でシングルマザーの女性がフードバンク(低所得者などが缶詰などをもらえる場所)を訪れ、空腹を耐え切れずにその場でフルーツの缶詰を開けて食べてしまうシーンを挙げます。何度見ても泣いてしまう、と話す是枝監督、たしかにあの場面は本当に身につまされます。ローチ監督は作品で取り上げる対象の人たちに徹底的な取材をすることで知られており、缶詰の件も取材で知った実話がベースになっているそうです。
一方のケン・ローチ監督は、『万引き家族』で最後、刑事の取り調べを受けた母親(安藤サクラさん)が泣くシーンを挙げました。実は私も、あの作品で一番グサッときたのは、このシーンでした。母親は手のひら全体で、まるで顔半分を覆い隠すように、涙をぬぐいます。
そこに、作り手らしい質問が続きます。「あれはファースト・テイクですか?(”Is that the first take?”)」
つまり演技が自然で、作りこんだ感じがなかったのでしょう。答えはイエス、ファースト・テイクでした。刑事からの質問は、カメラの横から監督が1枚ずつカンペで出し、安藤さんは何を聞かれるかを事前に知らずに、即興で受け答えをし、長回し(ワンテイク)で撮ったそうです。是枝監督にも、ローチ監督にも、詳細の台本を役者に渡さず、その場でセリフを渡したりするなどして、いわばドキュメンタリーのように撮影していく共通点があります。是枝監督も、テレビドキュメンタリーのご出身ですしね。
映画を撮り続ける理由
ケン・ローチ監督の骨太な姿勢は、こんな言葉に表れていました。
「映画監督として心掛けているのは、搾取や貧困を始めとする弱者が置かれた現実をどう伝えるかです。すべての人たちが尊厳ある人生を送るために、私は映画を通して、社会の構造的な問題を明らかにし、解決に導くべきだと考えています。なぜなら、社会的に弱い立場にいる人たちは、不当に扱われていることを世の中に告発する術を持っていないからです」
ローチ監督が使命感を持って弱者を代弁しようとするのは、偽善ではなく、自分も相手も同じ人間であり、人間らしく扱われ生きる価値を持った人だから、という強い信念を感じます。
是枝監督も、こんなことをお話しされました。「映画のカメラというのは人を見つめるための道具だと思っているので、その人を尊敬しながら節度のある距離でどう見つめていくか、その見つめるために最適なポジションにカメラを置くというのを、今は心がけているようにしています」
この言葉にとても共感します、なぜならカメラは武器ともなりうる、誰だって道端で突然カメラを向けられたら避けてしまう、そのくらい人のプライベートな領域にズカズカと入っていく暴力性があるからです。
番組のキャスターが、是枝監督に「映画はどういうことを成すべきだと思って、作っていらっしゃるんでしょうか」(映画の役割)と問うた時、監督は「悶々としてほしいなと思って。それは意図的にやっていることなんですけど。じゃあどうしたらいいんだということを提示するのが、映画の役割かっていうのは、常に疑問なので。もちろん分かっているんだったらそうすればいいと思いますけれど、そんなに簡単なことじゃないだろうっていう思いの方が先に立つので」
そう、お二人の作品には政治的な文脈を色濃く感じます。しかも、現実は単純ではないので、まずは気づくこと、考えることが大切。作品にはそのヒントがいっぱい詰まっています。
今のコロナウイルスの一件でもそうですが、本当に弱者のための策を出しているかどうか、一週間後が見えない生活を強いられている方々に寄り添っているか、国がやるべきはそこなのだと思います。
ローチ監督にも、是枝監督にも、ますますのご活躍、そして見る側が「あれ?」と思うような作品、見終わった後もじわじわ答えの出ない作品を発表して下さるのを、期待しております。
P.S. 是枝監督は、シャイでいらっしゃるのでしょうか、ローチ監督と目を合わせることが少なく、通訳さんへのアイコンタクトの方が多く感じられたところです。アイコンタクトする文化から見るともったいない!通訳を介すとなかなか会話がかみ合う感じは出にくいですが、目線を合わせることで、より尊敬の思いが伝わったのではないかと思います!