虚しきポテチの音、『逆転のトライアングル』

こんにちは、星読み☆映画ライターのJunkoです!

高級客船の話だと聞いて、それだけで観てみたいと思い、足を運んだ『逆転のトライアングル』(2022)。『ナイル殺人事件』のイメージでしょうか。スウェーデン映画というのも気になりました。リューベン・オストルンド監督です。

観客の評価はあまり高くなかったのですが、自分の目で見てみるものですね。今年イチ面白かったです! 個人的には、ウディ・ハレルソンが出演していたのも、新鮮でした。

『逆転のトライアングル』へのひと言

あまりにも虚しい、ポテチを食べる音。

物語の後半、高級客船の事故により、乗客が身ひとつで投げ出されてしまい、無人島に漂着します。

目の前に広がる海の水はたっぷりでも、塩辛くて飲めませんから、飲料水が必要。そもそもセレブたちが乗っていますから、サバイバル術は皆無で、飲料水を自力で作り出そうとしたり、火を起こそうとしたり、そういうことにはめっきり向かない人たちです。

水と少しの食料を乗せた救命ボート(潜水艦のような形状)が漂着すると、人が群がり、ペットボトルが1本ずつ配られます。全員ががぶ飲みし飲み干してしまい、続いて今後の話をします。「火を起こせる人は?」シーン… という状況で、配られたポテトチップの小袋をこれまた全員がむせぶように食べ、虚しい音だけが響き渡ります。

あー、この青い空には人工的すぎる、そして無力感ただようポテチの音がたまらんかった!

人間の欲求

高級客船の乗客の中には、「高級時計をして見せびらかしたい」「SNS用の写真をたくさん撮って、人から羨ましがられたい」「お金を武器にモテたい」などの欲求も見え隠れします。人の欲望は際限がありません。もちろんお金を使う欲求すら分からなくなってしまった金持ち、お金がありすぎてどう使ったらいいか分からない金持ち、それゆえ他人へのリクエストが無茶振りな金持ちも、ワンサカ乗っています。

そういう自己承認という高次の欲求とは別に、人間は生きていくうえで、睡眠や食べ物などのベーシックニーズが守られていることが大切です。無人島に漂流したら、着飾ったり高級ワインを口にしたりできませんし、現金があったところで意味がないわけです。交代で起きていないと、野生動物に狙われるという命の危険もあります。

キーパーソンは高級客船のトイレ清掃員(ドリー・デ・レオン)ですが、トイレといえば人間の排泄、「生きる」に直結していながら人のやりたがらない職業です。閉鎖された環境で、彼女がトップに君臨することができるのか、この逆転構造が作品の醍醐味となっています。加えて、難破した乗客の中には長期の疾患を持つ方もいるので、ちょっとした多様性尊重の社会になっているのも、スウェーデン的視点ですね。

ジェンダーの役割

スウェーデン映画ということもあり、男女の役割はきっとひねりをかましてくるだろうことが想像されましたが、期待を裏切らない面白さがありました。

ここでは詳細を書けませんが、主人公の男性カールにそれがよく現れています。モデルを職業とする彼は、恋人のヤヤ(同じくモデル)が自分の3倍稼いでいるのに自分が奢ることが不満です。観客も、はじめは「フムフム」と、彼に同調気味です。

豪華客船にはヤヤの付き添いで乗れたカール。彼女のSNS用の写真を撮りまくるカールはまるでアシスタントで、ヤヤからの愛情は感じられません。ヤヤは客船の金持ちの男性ともコミュニケーションが上手で、愛情よりもお金が優先なのは明らかです。

極め付けは、無人島でサバイバルする上で、カールがある選択を迫られることです。ここでは男女の関係が逆転していますし、彼の非力さに観客の気持ちも離れていきます。口だけの男というか、美貌しかなかったのね、みたいな…。

本作では「拝金主義で生き抜ける人」「極限状況でサバイバルできる人」が試されますが、総合力が高いのは誰でしょうか。私は、女性スーパーモデル、ヤヤだと思います。自分のほしいものがはっきりしている、美貌(自分の長所、特技)を認識して生かしている、サバイバル環境でも自分に何かできることがあると思って、行動している。島を歩くヤヤは、ラクウェル・ウェルチ(『恐竜100万年』、1966)を彷彿とさせました。

演じたチャールビ(シャールビ)・ディーンさんが2022年5月にカンヌ映画祭でプレミア後、8月に他界されたことを知りました。残念ではありましたが、ピッタリな役に出演できた幸福を手にされたことと思います。

この映画の英題は”Triangle of Sadness”(悲しみのトライアングル)なのですが、タイトルから物語を連想するのは難しいです。『逆転のトライアングル』も難しいですが、逆転というのはいい表現。トライアングルは、強い者が上に這い上がるピラミッド型社会のように思えました。今どきアメーバ型経営とかフォロワー型リーダーシップとかいろいろありますから、冷静に対応すれば二者択一ではなく、実際はもっと選択肢があったのかもしれません。下々の者で権力に戦うこともできますものね!

140分の作品でしたが、たっぷり楽しませていただきました!

公式サイト:https://gaga.ne.jp/triangle/

Junko

1973年静岡生まれ、星読み☆映画ライター。アメリカ留学経験者、異文化交流実践者、広報コンサルタント。

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