働くお母さんが素敵、『SHE SAID/シー・セッド その名を暴け』
こんにちは、星読み☆映画ライターのJunkoです!
2023年1月13日、『SHE SAID/シー・セッド その名を暴け』(2022)が公開されました。初日に行ってきましたが、男性もまあまあ観にいらしていました。
本作は、職場でのセクハラ(sexual harassment at the workplace)を取材した2人の女性記者のお話です。2017年の実話をベースにしています。
記事原文はこちら(The New York Times)で読めます。
それでは早速、ひと言です。
『SHE SAID/シー・セッド その名を暴け』へのひと言
さりげなく、ワーママ讃歌。
2人がよかったんです。
ノンフィクション小説の映画化となると、オーディエンスが広がるメリットと同時に、「どこまで映画である必要があるか」という映画の力を問われることになります。この作品でとてもよかったのは、主人公を演じたキャリー・マリガンとゾーイ・カザンでした。もちろん映画界で出演歴を重ねている30代の俳優さんですが、多くの日本人にとってイメージが先行しないキャスティングは、新聞記者という一般人を演じる上でよかったと思います。
このお二人には、強さと同時に、弱さが見えます。キャリー・マリガンが演じたミーガン・トゥーイー記者ですが、作品冒頭では妊娠していて、出産し、赤ちゃんがいながら仕事復帰しています。トランプ大統領就任(2016年)前後の取材を経て、脅迫されたり尾行されたりを経験しながらで、神経をすり減らし心が折れそうな時もあります。ゾーイ・カザンが演じるジョディ・カンター記者も、小学生くらいの娘さんがいます。子どもを残して海外取材に行き、オンライン通話をする時の彼女の表情から、仕事人でも母親でもあるこの記者への共感を抱きます。
仕事をする上で、母親かどうかは関係ないのですが、ふと母親としての感情を見せるところが、張り詰めた雰囲気の中でクッションになっています。「この子がいるから頑張れる」と思えるところ、「この子の将来にはセクハラのない世界を」と思えるところが、ひとりの人間に自然に内在している感じです。
他にも、休日に白いワンピースを着て取材に行くところや、取材者の協力が得られて嬉し泣きしてしまうところなど、本当に可愛い。
この2人はとにかくワーカホリックで、寝ても覚めてもこの取材のことが頭から離れない様子。スマホが手から離れない様子は、少し滑稽にも見えます。スマホで時間つぶししている私たちと違って、ずっと電話していますけれども。この2人の記者のそばには、理解に厚い夫たちが描かれています。仕事に夢中になる妻を素敵と思い、応援し、子育てを2人でしている様子。日本とはここが違うかも、なんて思いました。
組織の問題とした賢さ
アメリカ人は「物事をはっきり言う」国民だ、なんて私たちは思いがち。だからこそセクハラのような場面に出くわしたら、「ノー」と簡単に言えるのでは、なんて思ってしまいます。作品を見ると、実際に「ノー」とも言っていますが、それよりも被害者たちの恐怖の感情が伝わってきます。そして、業界に入りたての20代前半だと、何が正しい選択なのか、この瞬間振る舞うべきなのかも分からなくなる時があります。しかもホテル客室のようなプライベート空間で、相手は業界の重鎮で。
例えばご自分の設定で、考えてみて下さい。自社の社長からホテルに呼び出されて、性的関係を強要されますか? それだけでも病的なのに、そのことに対して会社の助けを求めても、誰も助けてくれないとしたら? 泣き寝入りするしかない組織は、機能していますか?
芸能界など一部の業界で、そのような噂が立つことがあります。昇進や抜擢を勝ち取りたい役者やアイドルと、プロデューサーや監督との間で、取引が成立しているかのように。一個人の性の問題は、プライベートな話題として仕事とクロスする領域ではありませんし、境界線を超えることを、組織は容認してはなりません。
セクハラの取材を、AさんBさんという個人レベルで語るのではなく、職場として、従業員が安心して働けるところとして捉えた点が、賢い取材だと感じました。
オンレコ・オフレコ
ニューヨーク・タイムズ紙の記者ですから、書くことにおいてプロ。事実でないことは書けないし、裏を取らないと組織として記事は出せません。
作品中の会話に、オンレコ(on the record)、オフレコ(off the record)という用語がよく出てきます。これは、オンレコ=公表可、オフレコ=公表不可、です。
日本でも個人情報保護の観点から、事前許可を取ると言うことは浸透してきましたよね。承諾を取って、写真や動画を掲載したりします。ただ、取材を受けることはそうそうないので、「名前を出して話せますよ」「名前は出せないけど情報提供はできますよ」という状況は少ないかもしれません。
本作では、意外とオフレコの状況も多く、ご自身の辛い体験を、公表しないことを前提に情報提供してくれたりもします。そしてオフレコでも話せないという方に関しては、守秘義務を負わされている(口止めされている)、という状況なのです。
日本だと、話を聞いたら、関係者は語る、くらいに書いてしまいそうなものですし、相手がオフレコと言おうとも、「聞いたもん勝ち」で書いてしまうメディアもありそうな気がします。作品中では、記者から情報提供者に「引用(クォート)してもいいですか」と許可を取ったり、糾弾する相手にも事前告知し、反論する時間を与えるなど、なかなかにお約束ができあがっている感じがします。裁判が多い国だからでしょうかね。
ワンポイント英会話
最後にちょっと脱線。
敏腕記者だと、斬り込み隊長みたいにグサグサ行くのかと言う想像もありましたが、むしろ相手に話してもらうための質問力や、受け止め力が光る感じがありました。マスコミ嫌いや、過去に書かれたことを根にもつ人もいますから、そこでもフラットに対峙することが求められます。
The New York Timesをよく思っていないある情報提供者から、電話がかかってきた時のことです。「あなたたちはこうこうこういうことを書いたじゃない」と言ってきたのに対して、ゾーイ・カザンはこう答えました。
“I’m sorry that was your experience.” おー、これ使える!
「そんな経験をされたとは、お気の毒です」と言う感じでしょうか。はじめ、I’m sorryと言ったので、え、謝るの?と驚きました。そうではなく、I’m sorry は、残念に思うという意味です。そして「あなたがそういう体験をした」ことに対して、残念ですと言っているのです。
「あなたがそういう体験をした」というのは、あくまであなた主観なので、客観とは切り離されます。そこで、責められているとか、謝罪をしなければ、という関係性ではなくなる。相手には一定量、寄り添っているようにも聞こえます。
被害者の一人であるアシュレイ・ジャッドが本人役で出演しているところもリアリティを感じ、ブラッド・ピットが製作総指揮としてクレジットされているなど、観てよかったなと思える作品でした!
公式サイト:https://shesaid-sononawoabake.jp/
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