非カーレースファンをつかむ良作『フォードvsフェラーリ』

非カーレースファンをつかむ良作『フォードvsフェラーリ』

『グッド・ウィル・ハンティング』(1997)からのマット・デイモンファンです。

こんにちは、Junkoです!

前情報ゼロで見ました、『フォードvsフェラーリ』(2019)。2時間30分ということも含めて。マット・デイモン主演ということ以外に、男性陣の評判がよかったことが決め手でしたが、劇場で見そびれ… オンデマンドです。

この映画を一言で表すなら、60年代の「男クサさ」満載!

フォーミュラ1ならではのカーレースシーンや、ドライバーの心情描写は、想像の範囲でしたがよく作られていました。今回は、主に物語として面白かったところを、3つ挙げてみます。

中年男性が主人公!

前情報ゼロってことは、私の想像はマット・デイモンともう一人の主人公(クリスチャン・ベール)がライバルで、片方がフォード、片方がフェラーリなのかと思っていました。全然ちがった!

二人とも米国のフォードでレースカーを作るチームに引き抜かれ、米国自動車の威信をかけて、イタリアのフェラーリに勝つために奔走します。デイモンは心臓への負担から引退せざるを得なかったレーサー、キャロル・シェルビーを演じます。ベールは英国人レーサー兼メカニック、ケン・マイルズ役です。

マット・デイモンは1970年生まれですから、御年50歳。クリスチャン・ベールは1974年生まれで何と私より年下でした。英国出身のベールは、ヨーロッパ人らしい日焼けに見える肌感で、年が上に見えますね。

ハリウッド映画の若手俳優不足と言われる現象の一つ、かもしれませんが、最後まで二人の中年男性を引っ張った潔さはすごかった。恋愛映画要素ゼロなのも興味深いです。だからこそ、車に興味のない観客に対しては、物語で引っ張るしかないのです。

当初キャスティングされていたトム・クルーズ&ブラッド・ピットW主演にならなくて、よかったんじゃないでしょうか。

現場バーサス経営陣!

これは今日でもある現象ですが、現場と経営陣の乖離、特に1960年代は「ブルーカラー/ホワイトカラー」のギャップが大きく見て取れます。

シェルビー(なぜか誰もファーストネームのキャロルと呼びません)は引退したF1ドライバーなので、現場のことも分かり、お金を出す経営陣にもある程度ふかしたり理屈を作ったりたまに無視したりと、うまく折り合いをつけています。

一方のケンは根っからのクルマ“野郎”で、メカニックの専門性はあるけれどもコミュニケーション力に乏しく、言葉づかいも荒っぽい。言霊(ことだま)がぁぁ… と思ってしまいます。

実際のケン・マイルズ氏(1918-1966)
By Source, Fair use, https://en.wikipedia.org/w/index.php?curid=63112238

ケンの曲げない職人魂も素晴らしいと思いますが、企業という単位で見ると、人に感謝して可愛がられる、応援してもらうというピープル・スキルがないとね… と思う部分はあります。

主人公の2人以外に、フォードの二代目社長、取り巻きの役員たちなどの脇役も、一面的ではあるもののペルソナがしっかりしており、個性的な俳優さんで固めています。

2019年なりのダイバーシティ描写!

この作品でいいなと思ったのは、フェラーリとの戦いにおいて、フェラーリ陣もしっかり描いていることです。

交渉のシーンではイタリア語が普通に出てきますし、通訳を介して罵り合い、お互いの威厳とメンツを保とうとします。フェラーリにはフェラーリの、フォードにはフォードのプライドがあるからです。

ひと昔前のハリウッド映画では、英語以外の言語は使わない(つまり現地人でも流ちょうな英語を話す)か、使ってもアウェイできわめて重要度が低い位置づけだったと思います。それがこうやって、分からない言葉を分からない言葉のまま尺を取って描くのは、演出としてもむしろリアルだし、緊張を生みます。

もう一つは、作品のクライマックスでもあるフランスのル・マン(世界大会)ですが、大会のルールについてフランス語で叫ぶスタッフのシーンもあれば、各国の言葉でアナウンサーが実況中継しているシーンもあります。実況では日本語も聞こえてきて、ネイティブの方の声でしたね。他の言語も、同じように扱われたのだと想像します。そこに、その他大勢の「テキトー感」がないのが、よかった。

物語のエンディングからすれば、アメリカのサクセスを描いた物語なのかもしれませんが、それが他国をきちんと描くことで成立している、アメリカを世界に相対的に位置づけた意味で、好感度の高い作品だと思います。

『フォードvsフェラーリ』の、車にも人にもきちんと向き合った感じが、好きだ!