日本は公害先進国だった記憶を呼び覚ます『ミナマタ』(2020)

こんにちは、星読み☆映画ライターのJunkoです!11月、12月はエネルギーチャージのため、週2回(月・木)の更新とさせて下さい。

観たかった映画にやっと行くことができました。ジョニー・デップ主演の『ミナマタ』(2020)です。ほぼ満員のスクリーンで観ることができて、幸せ。

『ミナマタ』へのひと言

『ミナマタ』を観て考えたのは、なぜこの映画が50年の時を経て作られたか、です。

カメラマンが命を削り、命を写し、「痛み」の共有がされていた時代。では、今は?

デジタルネイティブ世代には想像を絶するかと思いますが、50年前、カメラは高価な機械で、フィルムを現像しなければならず、現像してプリントを見るまで数日を要していました。手紙や写真は国際郵便を使って送らなければなりませんでした。国際電話の料金は高く、情報を得る手段は限られていました。雑誌「LIFE」では、ジャーナリストが体を張って撮影した世界各地の様子が、並べられていました。

そんな、世界に発信するのが、極めて困難だった時代。

今はどうでしょうか。雑誌はほぼ姿を消し、スマホで何でも撮影できる。YouTubeやFacebookでリアルタイムでおぞましい映像が流れてしまうこともある。どんな画像や映像を見ても、その魂の強さがまるで薄まったかのように、心が動きにくいです。私たちはどこにアンテナを立てたらいいのか、問われている気がします。

日本の俳優が活躍

この作品には、何と言ってもジョニー・デップさんがなくてはならない存在。少し「くたびれ感」が出ていて、もしかしてプライベートと重複するのではと思うようなアル中の描写も含め、抑えた演技がいいです。

私が作品中で一番好きなジョニデのセリフは、「Very オイシイ」。日本語がほとんど分からずに、水俣入りをして、民家に住まわせてもらう中で覚えた日本語。

そして彼を支えるアイリーンは、美波(みなみ)さんが演じました。作品は1970年代の設定なのですが、美波さんのお顔はクラッシーと言うか、大正時代のモダンガール(モガ)の雰囲気です。ユージンを支えつつ、ピシャッと手綱を締めるあたりがコミカルで見事。そして準主役を演じるのに十分な英語力です。

お二人、実際のユージンとアイリーンにそっくりで驚きます。アイリーンさんは現在京都にお住まいと、朝日新聞の記事で知りました(こちら)。ユージンさんが1918年生まれ、アイリーンさんが1950年生まれですから、32歳差のご夫婦だったということです。

そして、加瀬亮さんと國村隼さんが素晴らしい。加瀬亮さんは英語ペラペラなので水俣での現地通訳役、力強い日本の若者という感じです。そして國村隼さんはチッソ社の社長、つまり悪役。熊本生まれの大阪育ちということで、故郷と関係する役を受けてくださったのでしょうか。北野武監督作品に出てくる典型的なボスキャラは、国際的にもファンが多い國村さん。70年代風の太い黒縁メガネで、カラー作品なのに白黒のようなコントラストの強い存在感。英語もお上手でびっくりしました。

知名度で言うと、真田広之さんは原告のリーダー、元アクション俳優らしいヒーローの存在感でした。ジョニー・デップさんより少し年上なんですね。熊本弁は、真田さんよりも加瀬さんの方が上手でした。そしてゴメンナサイ、浅野忠信さんも少女の父親役で出ていましたが、浅野忠信さんでなくてもよかったように思います。

日本で撮影できなかった作品

この作品は、当然写真家ユージン・スミスさんと、妻アイリーン・美緒子・スミスさんの偉業に敬意を示すものだし、二人の撮影の拠点で、現実を切り取り続けた水俣という地は外せません。

しかしながら、この作品がフィクションであり、水俣以外の場所で撮影されていることを考えると、現在水俣はどうなったのかよりも、水俣以降どんな類似の被害が、世界中で繰り広げられたか、の方が、メッセージとして強いように感じました。

事実、作品のほとんどはセルビアで撮影されています。『ラスト・サムライ』のニュージーランドでもそうでしたが、日本人が見ると「ちがうな」と思う景色です。

日本で撮影したらですよ、水俣の街並みは50年前のかけらもないですし、チッソ社の工場は今でもあるようだし(Google Map)、ジョニデが来日してフィーバーになってしまった。だからそうでなくてよかったかもしれません。

https://twitter.com/ifod_net/status/1345709937524158465

でも、日本人が制作に関わっていたら修正をかけてほしいシーンはありました。魚を外でさばくシーンがあるのですが、木製のテーブルの上でそのままぶつ切りにしていた。うーん、これは違う。まな板を使うし、三枚おろしできる。ここは監修してほしかったです。

また、日本人は歯並びが悪い、というのが特にアメリカ人から持たれる印象です。『ティファニーで朝食を』の頃からそうです。1970年代は、今よりも審美歯科への関心は低かったのですが、歯並びの悪さもなんとなくキャストに投影されているように感じます。

土本典昭監督の『水俣』シリーズ

今回の『ミナマタ』はフィクションですが、ドキュメンタリーの世界で水俣の人々を撮影していたのが、土本典昭監督でした。9月にはユーロスペースで土本監督の作品も上映していたようです(こちら)。

『ミナマタ』の作品の中でも、「この現状をガイジン(外国人)に撮ってもらうことで、世界にこの事実が知られることになる」と分かっているから、少しずつ話し合いや訴えの場に写真家を入れ、記録をしていく様子が描かれています。

土本監督も、一貫して弱者の立場に立って記録を続けた作家ということが、作品から分かります。土本監督を一度お見受けしたことがありますが、めがねの奥の目が余計に大きく見えて、怖そうな印象。キアロスタミ監督とも似た、鋭い眼光の奥にハートがやさしい方。きっと、ユージン・スミスさんも同じではないかな、と思います。

心を打つのは、これが家族を核にした物語だからですよね。オーディエンスは、自分の家族が、子どもがこうだったら、と考え強く共感します。

デュポン社の環境汚染を告発したトッド・ヘインズ監督の『ダーク・ウォーターズ 巨大企業が恐れた男』(2019)はまもなく日本公開されますし、2000年の『エリン・ブロコビッチ』なんかも環境汚染を訴える主人公の話なので、アメリカの文脈では「正義は勝つ」みたいな感じがあります。でも、『ミナマタ』や土本監督の作品は、正義は勝つ、よりも温かくて人間味のあるメッセージがあります。

社会派の作品『ミナマタ』に取り組んでくれたジョニー・デップが、大好きだ!

映画公式サイト:https://longride.jp/minamata/

Junko

1973年静岡生まれ、星読み☆映画ライター。アメリカ留学経験者、異文化交流実践者、広報コンサルタント。

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