ただ家に帰りたい男の話、『オデュッセイア』

こんにちは、星読み☆映画ライターのJunkoです!

クリストファー・ノーラン監督の新作、『オデュッセイア』(2026)を観てきました。

ホメロスの叙事詩『オデュッセイア』。タイトルは知っていても「ギリシャ神話」くらいで、登場人物や物語がパッと出てくる人は、それほど多くないのではないでしょうか。

私も鑑賞前に、「これから観るんだけど、どうしても知っておいた方がいいことある?」とChatGPTに聞いてから、映画館へ向かいました。

これが、意外と役に立ちました。

ということで今回は、これから『オデュッセイア』を見る人が知っておくと楽なことを少しお伝えします。

『オデュッセイア』へのひと言

壮大なスケールで、話はあまりにもシンプル。

見る前に知っておきたいのは、これだけ

物語の出発点は、トロイア戦争の終結です。

主人公オデュッセウス(マット・デイモン)はギリシャ側で戦ったイタカの王。長い戦争を終え、妻ペネロペ(アン・ハサウェイ)と息子テレマコス(トム・ホランド)の待つ故郷へ帰ろうとします。

つまり、

「戦争が終わった。家に帰りたい」

という話。

ところが、なかなか帰れない。

その過程で神々や怪物が登場しますが、名前や関係をすべて予習する必要はありません。

ただ、一つ知っておいてよかったのが、ギリシャ神話では、神々と人間の距離がとても近いということ。

神だからといって、いつも神々しく天上から人間を見守っているわけではありません。普通に人間の前に現れて話しかけ、助けたり、邪魔したり、ときには感情に流されて間違った判断をしたりもします。

つまり神々も、物語の中の「登場人物」のような存在。

そう思って観ると、ゼンデイヤ演じるアテナ(オデュッセウスを助ける側の神)がオデュッセウスや息子テレマコスの前にごく自然に現れることにも、それほど戸惑いません。

そして故郷では、長く帰らないオデュッセウスはもう死んだのではないかと思われ、妻ペネロペに大勢の求婚者が押しかけていること。

これくらい分かっていれば十分でした。

ちなみに英語の odyssey は、この『オデュッセイア』(「オデュッセウスの物語」)を語源として、「長い冒険」「遍歴」という意味でも使われます。

スタンリー・キューブリック監督の『2001年宇宙の旅』の原題も「2001: A Space Odyssey」(宇宙のオデュッセイア)ですね。

なぜオデュッセウスがマット・デイモンなのか?

映画が始まって、私がずっと気になっていたのがこれ。

なぜマット・デイモンなんだろう?

もちろん大スターだし、大好きです。

でも、トム・ホランドをはじめ若い俳優もたくさん出演するなかで、神話の英雄オデュッセウスを演じるのが55歳のマット・デイモン。

映画全体にも、どこかシニア感があります。

ところが調べてみると、これはノーランにとってかなり明確なキャスティングでした。

ノーラン監督はマット・デイモンについて、「観客とのつながりを作る力があり、複雑で多くの間違いを犯すオデュッセウスでも、観客が彼についていけると考えた」と話しています。

そして面白いのが、ノーランがデイモンの過去作を引き合いに出していること。

火星に取り残された宇宙飛行士を演じた『オデッセイ』(2015)では、観客が自分を重ねられる「等身大の人間」。一方、『ボーン』シリーズでは、超人的な能力を持つヒーロー。

ノーラン監督は、オデュッセウスにはその両方があると考えました。

神話の英雄でありながら、間違いもする一人の人間。

なるほど、マット・デイモンなのか。

さらに今回の撮影は、モロッコ、ギリシャ、イタリア、アイスランド、スコットランド、アメリカの6か国、91日間に及びました。

実際に海へ出て、俳優たちが船を漕ぐという肉体的にも過酷な撮影。ノーランによれば、デイモンが率先して取り組む姿をほかの俳優たちも見ていたそうです。

55歳、頑張りました

そしてノーラン自身も56歳

実はノーラン監督は、『オデュッセイア』を中年になって読み返すと、若い頃とは違って見えたと話しています。今の自分には、これは愛と喪失、そして中年の男女のラブストーリーとして読める、と。

なるほど。

これは若者が英雄になる映画ではなく、長い戦争を終えた男が家に帰る映画。

私が感じたこの映画の「シニア感」は、案外そこから来ているのかもしれません。

やっぱり男だらけのノーラン映画

それにしても、男が多い。

船に男。

戦場に男。

男たちが集まって、戦って、漕いで、刺して、また戦う。

『TENET テネット』でも感じましたが、「やっぱりノーランだな」と思ってしまいます。

しかも今回は神話の時代。

銃で撃ったりドローンの戦いではなく、槍や剣で人間同士が直接戦うので、戦闘が妙に痛々しい。

壮大な神話なのに、戦闘そのものはかなり肉体的です。

その中で、ゼンデイヤがいい

そんな男だらけの世界に現れるのが、アテナを演じるゼンデイヤ。

いやー、いいわ。

登場すると空気が変わります。

アテナは原典でもオデュッセウスと息子テレマコスを助ける重要な存在ですが、ゼンデイヤの現代的な存在感が、この古い神話の中ではむしろ面白く感じました。

ノーラン監督は今回、神話上の人物は現代の観客にとって遠い存在だからこそ、観客が知っている俳優たちを大胆に起用したかったと説明しています。

実際、マット・デイモン、アン・ハサウェイ、トム・ホランド、ロバート・パティンソン、シャーリーズ・セロン、ゼンデイヤ……と、スターだらけです。

さらに、姉妹であるヘレネとクリュタイムネストラを一人二役で演じているのが、ルピタ・ニョンゴ。私は名前だけでは分からなかったのですが、調べてみて、ああ、あの黒人の王女役の人か!と顔と名前が一致しました。

でも、アン・ハサウェイである必要はあった?

一方で、最後まで私がよく分からなかったのがアン・ハサウェイです。

もちろん誰もが認める実力派女優でしょう。

ただ、

「これ、アン・ハサウェイである必要があったのかな?」

という印象が残りました。

ノーラン監督は、原典の女性たちを「貞淑な妻」「男を引き留める女神(ニンフ)」といった神話上の役割だけでなく、感情や葛藤を持つ存在として描こうとしたと語っています。

一方、シャーリーズ・セロンが演じるカリュプソは、オデュッセウスを愛し、自分の島に7年間引き留めるニンフ。彼に不死まで与えようとしますが、オデュッセウスが望むのは、妻ペネロペの待つ故郷への帰還です。

ノーラン版では、原典よりカリュプソの役を膨らませています。

ノーラン監督は、セロンがカリュプソという役に「深みと説得力」を与えたと評価しています。また、マット・デイモンとの共演によって生まれた二人の空気感も、非常に特別なものだったと語っています。

こちらは、なるほどと思いました。

それだけに、ペネロペについては、私にはアン・ハサウェイという大スターを配置した意味がもうひとつ見えてきませんでした。

古代ギリシャなのに、今っぽい

もう一つ、思わず気になったのがキャストの多様性です。

黒人、インド系、東アジア系と思われる人たちまで、ごく普通に古代ギリシャの世界にいます。

ここまで来ると、歴史的に古代ギリシャを再現するというより、

「2026年のハリウッドルールで、古代の神話を語る」

と考えた方がいいのかもしれません。

ノーラン監督自身も、有名な俳優の顔を使うことで、現代の観客が古代の物語に入りやすくしたかったと話しています。

そう考えると、ゼンデイヤがアテナであることも、ルピタ・ニョンゴが姉妹二役を演じることも、この映画の考え方としては一貫しているように見えます。

いったい、何にこんなにお金がかかっているのか

そして、観ながらもう一つ思ったこと。

すごい映画なのは分かる。でも話はものすごくシンプル。いったい何にこんなにお金がかかっているんだろう。

答えの一つは、ノーラン監督らしい、「実写」です。

本作は6か国で撮影され、ノーランは巨大な船を実際に海へ出しました。

使われたのは、実際に大西洋を横断したこともあるノルウェーの木造船「Draken」。俳優たちは航海や櫂の扱いを学び、本物の船員たちまで衣装を着てエキストラとして撮影に参加しています。

さらに全編をIMAXフィルムカメラで撮影。

大量のエキストラ、衣装、船、世界各地でのロケーション。

CGで古代世界を作るのではなく、巨額の資金を使って、木造船に帆を張り、実際の海で俳優たちに櫂を漕がせる。

『TENET テネット』ではジャンボジェットまで本当に突っ込ませたノーラン監督。今回も相変わらずです!

約2800年前から語り継がれてきた物語は、驚くほどシンプルです。

戦争に行った男が、

家に帰りたい。

ただ、それだけ。

そこへ現在のハリウッドが投入できるスターと技術とお金を、これでもかというほど注ぎ込む。

そのアンバランスさまで含めて、『オデュッセイア』という映画なのかもしれません。

今日はこの辺で。

映画公式サイト:https://odyssey-film.jp/

参考文献:‘At times I felt I’d bitten off more than I could chew’: Christopher Nolan on sweeping the Oscars, making The Odyssey – and getting a puppy
The intimate odyssey of Christopher Nolan’s latest epic: ‘I’ve been telling this story in all my films’

Junko

1973年静岡生まれ、星読み☆映画ライター。アメリカ留学経験者、異文化交流実践者、広報コンサルタント。

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