女だらけなのに、家父長的『左利きの少女』
こんにちは、星読み☆映画ライターのJunkoです!
『左利きの少女』(シー・チンツォウ監督、2025)を観てきました。
『左利きの少女』はiPhone 13で撮影。だからこの目線なのか
本作を観ていてまず印象に残ったのが、カメラの目線です。
5歳の主人公、イージンの目線で台北の夜市を歩いている近さがあり、カメラの位置がずいぶん低い。後から知ったのですが、『左利きの少女』はiPhone 13を使って撮影されています。
これは低予算だからという訳ではありません。
シー・チンツォウ監督は、本物の夜市で撮影するために、できるだけ撮影クルーを目立たせないようにしました。大きなカメラを持ち込めば、人々は映画の撮影だと気づいてしまう。iPhoneなら、実際に営業している夜市の中に紛れ込むことができます。カメラを低く構えることは、混雑した夜市で周囲の人に意識されにくいという利点があったそうです。
同時に、監督のインタビューから、子どもの世界を描くために「イージンの高さまで降りてくる必要があった」とのコメントもありました(出典:Letterboxd)。
つまり、iPhoneの小ささは撮影上の便利さだけでなく、作品を子どもの目線から見せる意図もあったわけです。
車内ではiPhoneを窓に固定して撮影し、バイクのシーンでは撮影側もバイクで追いかけたといいます。この身軽さが、夜市の雑踏や台北の街を駆け抜けるような映像を可能にしています。
そう考えると、本作の映像は「iPhoneでもこんなにきれいに撮れる」という話ではないのでしょう。
iPhoneだからこそ、子どもと同じ高さから、本物の台北に入り込めた。
私が映画館で感じた独特の近さは、そこから来ていたのかもしれません。
ショーン・ベイカーっぽい? 実は20年以上続く二人の映画
ショーン・ベイカー(『アノーラ』)監督のことを思い浮かべながら、作品を観た方もおられると思います。
「なんだかショーン・ベイカーっぽい」、それもそのはずで、ショーン・ベイカーは共同脚本、プロデューサー、編集を担当しています。
シー・チンツォウとベイカーはニューヨークのThe New Schoolで出会い、2004年の『Take Out』を共同監督。この予告を見ただけでも、普段は取り上げられもしないような、デリバリーをする男らに焦点が当たっています。
その後ツォウは、『タンジェリン』『フロリダ・プロジェクト 真夏の魔法』『レッド・ロケット』など、ベイカー作品のプロデューサーを務めてきました。
さらに驚いたのは、『左利きの少女』の構想そのものが20年以上前から存在していたことです。
原点の一つになったのは、左利きだったツォウ自身が、幼いころ祖父から左手を「悪魔の手」だと言われた経験。それをベイカーに話したことから、二人は台湾を舞台にした物語を長年温めてきました。
2010年には二人で台湾に滞在し、台北を歩きながら脚本を執筆。実際の夜市でのリサーチも物語に取り入れていきました。
一方、実際の撮影ではベイカーは現場に参加していません。当時『アノーラ』を撮影していたためで、キャスティングから現場の演出まで、ツォウが自ら率いています。
そして撮影が終わると、再びベイカーが加わり、今度は編集を担当しました。
つまり、
脚本はツォウ+ベイカー。
撮ったのはツォウ。
編集したのはベイカー。
その背景には20年以上にわたる二人の共同作業があります。
だから本作を「ショーン・ベイカーの影響を受けた映画」と呼ぶだけでは、少し違う気がします。
実在する街に入り込み、社会の周縁で暮らす人々を見つめ、貧困を悲劇として見せることもなく、子どもの視線を通して世界を映す。
『左利きの少女』にショーン・ベイカー作品と共通するものを感じるのは当然で、そもそも二人の作家が長い時間をかけて、一緒に育ててきた映画の作り方と言えるでしょう。
そして今回、その方法を使って描かれたのは、ツォウ自身の故郷・台湾と、彼女自身の記憶につながる女性たちの物語でした。
『左利きの少女』キャスト——目つきの悪い姉は、なんと映画初出演
本作はキャスティングもいい。なかでも印象に残ったのが、メグミさんの目つきを3倍悪くしたような(笑)、姉イーアンです。
演じるマー・シーユエン(馬士媛/Shih-Yuan Ma)は、モデルとして活動していましたが、本作が映画初出演。シー・チンツォウ監督が台湾人モデルをInstagramで探していたところ彼女を発見し、雰囲気から「この人だ」と感じたそうです。演技経験がほとんどなかったというのも驚きです。
妹イージン役のニナ・イェ(葉子綺/Nina Ye)も、撮影開始のわずか1か月前に決定。しかも本人も生まれつき左利きで、祖母の意向で右利きに矯正されていました。本作のために、再び左手を使う練習をしたといいます。
一方、母シューフェンを演じるジャネル・ツァイ(蔡淑臻/Janel Tsai)だけが、台湾で実績のある俳優。プロの俳優と映画初出演のキャストを組み合わせながら、三人が本当の母娘のように見えるところも本作の魅力です。
ツォウ監督は、ショーン・ベイカーとの映画作りで培ったストリートキャスティングの手法も本作に持ち込んだと語っています。
iPhoneで本物の街に入り込み、そこに本当に暮らしていそうな人を撮る。『左利きの少女』の妙な生々しさは、キャスティングからすでに始まっていたようです。
女性ばかり出てくるのに、家父長的
『左利きの少女』に登場するのは、母、姉、妹、祖母と女性ばかり。それなのに、なんとも家父長的です。
象徴的なのは、母親の誕生日祝いのタイミングで、三姉妹の娘を素通りして、当然のように唯一の息子に住居が引き継がれるところです。
昔の価値観と言えば、イージンの左利きを「悪魔の手」だと言って直そうとする祖父。幼い子どもは利き手を混乱したり、左手を悪者として育てていきます。その他大勢が「どうでもいい」と思っていることでも、意識的に反論しないと染み付いてしまう恐怖があります。
左手に関しては、シー・チンツォウ監督自身の経験がベースになっています。左利きだった監督は幼いころに右利きに矯正され、高校生になって左手で包丁を使っていたところ、祖父から「悪魔の手を使うな」と叱られたとのこと。
監督はこの映画を、当初から「男性優位の社会で女性たちがどう生き延びるか」を描く物語として考えていたと、インタビューで語っています(出典:Netflix Tudum)。女性3人が男性不在のままその日を生きていく姿が、印象的な作品です。
今日はこの辺で。