立てこもり事件にアメリカが見える、『デッドマンズ・ワイヤー』
こんにちは、星読み☆映画ライターのJunkoです!
ガス・ヴァン・サント監督の『デッドマンズ・ワイヤー』(2025)を観ました。ガス・ヴァン・サント監督といえば、『マイ・プライベート・アイダホ』『ドラッグストア・カウボーイ』に踊り狂った青春期を経て、同時代を生きてきた喜びがあります。
本作は、1977年、米国インディアナポリスで実際に起きた人質立てこもり事件を映画化した作品です。
『デッドマンズ・ワイヤー』へのひと言
どこを切っても、アメリカ的。
主人公は、不動産開発をめぐるトラブルから住宅ローン会社に恨みを抱くトニー・キリツィス。彼は会社幹部の息子を人質に取り、改造したショットガンの銃先を人質の首元に固定します。
しかも引き金にはワイヤーがつながれていて、自分が撃たれたり倒れたりすれば、人質を頭ごと吹っ飛ばしてしまう仕組み。
タイトルの「デッドマンズ・ワイヤー」は、まさにこの装置を指しています。
これだけでも十分に奇妙な事件なのですが、映画を観ていて面白かったのは、事件の周りに次々と「アメリカ」が現れてくることでした。
巨大企業と個人。不動産とローン。貧困。銃。警察。裁判。そしてメディア。
トニーは単純な「巨大企業に搾取されたかわいそうな男」ではありません。彼自身、不動産開発で成功しようとしていた人間ですが、計画変更により大損。自分は会社に陥れられたと主張し、銃を持ち、他人の命を危険にさらしています。
争いはどんな形でも起こりえますが、生身の人間が戦った時が一番生々しい。ですから、警察も人質の人命優先で、トニーに手を出しません。映画のジャンルに「サスペンス」(宙ぶらりんにしておく)ってありますが、こちらはいつ銃が発砲されるかわからないので、文字通り吊られっぱなしです。
ワイヤーでつながれた犯人と人質が、小幅でとぼとぼ歩く姿。それを何もせず見る多くの警官。この事件には妙な可笑しさがあります。
長時間にわたって人質の命が危険にさらされていて、もちろん笑い事ではありません。それなのにトニーと警察、メディアとのやり取りを見ていると、時々ブラックコメディを観ているような気分になってくる。
メディアはいち早く現場の映像を撮りたく、重たいカメラを抱えて生中継に必死です。事件が報道されるにつれ、彼に共感する人々、つまり搾取に不満を持つ人たちまで現れます。
終盤の記者会見などは、その極みです。
「さすがにこれは映画的に盛っているのでは」と思ってしまいますが、実際の事件もかなり近い展開だったというから驚きます。
1977年という時代も興味深いところです。すでにMotown(黒人音楽)の流行は過ぎていますが、映画には人種をめぐる当時の空気や、トニーの黒人文化への憧れなども入り込んできます。
そう考えると、本作は実録犯罪映画であると同時に、1970年代の事件を通してアメリカそのものを描く寓話にも見えてきました。
一人の男がローン会社と揉めたことから始まり、企業、銃、警察、メディア、貧困、人種、裁判までが一つの事件の中に入り込んでいく。
特に巨大企業関連で言えば、旧作『エリン・ブロコビッチ』、最近の『ブゴニア』なども思い出されました。
実在したトニー・キリツィス
冒頭に、この物語は実際に起きたことを元にしていることが伝えられますが、最後には当時の本物の映像も登場します。
そこで驚いたのが、実際のトニー・キリツィスが、思った以上に「普通の人」に見えること。
演じるビル・スカルスガルドは、目力も鋭いですし、最初からかなり危うい雰囲気を漂わせています。顔を見ただけで、「やばい人」です。
ところが本物の映像を見ると、「この人があんなことを?」と思うほど無害なおじさん。
異常な人間が起こした異常な事件を見ていたはずなのに、最後には少し違うものが見えてきます。
一つ、これと似た事件があったので、書いておきます。
2024年12月、米医療保険大手CEOが、マンハッタンで射殺された事件。逮捕されたルイジ・マンジョーネは26歳で、動機はアメリカの高額な医療費や保険会社が請求却下したことへの反感によるものでした。マンジョーネに共感した人たちも一定数いたことから、社会現象になりました。
1977年の事件から約50年を経ても、企業に怒る個人を一部の人々が英雄視する構造は、あまり変わっていないようにも見えます。
アル・パチーノがいた理由
そして、アル・パチーノ。
この巨大企業のCEO(ボス)で、バケーションの最中ですから、いいご身分です。カメオ出演というよりは、きちんとした役割があります。
登場した瞬間、なぜか「マーケティングの神様」と呼ばれるジェイ・エイブラハムを思い出してしまいました。もちろんエイブラハム本人とは全く関係がありませんが、小柄な体格に、押しの強そうな風貌、言葉ひとつで相手を動かしてしまいそうな、怪しげなカリスマ性。
アル・パチーノが演じるのは、まさに「言葉」を武器にする人物です。
考えてみれば、アル・パチーノ自身も、若い頃から言葉と圧で相手を支配する役を何度も演じてきました。今回はその存在感が、交渉さえも一種のショーになっていく、この奇妙な事件によく合っています。
それにしても、なぜこの役にアル・パチーノだったのでしょう。監督とパチーノは以前からの知り合いだったわけではなく、撮影はたった1日で終えたのだそうです。
映画の中心にいるわけではなくても、この存在感。公開時の年齢で85歳、見習いたいものです。
今日はこの辺で。
映画公式サイト:https://movies.kadokawa.co.jp/deadmanswire/
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