強い女性たちが待つ、夜明け。『急に具合が悪くなる』

こんにちは、星読み☆映画ライターのJunkoです!

急に具合が悪くなる』(濱口竜介監督、2026)を観に行きました。

上映時間は3時間16分。病気、老い、障害、介護、組織の問題……と、扱っているものだけを並べれば、かなり重そうな映画です。

ところが、観終わったあとに残ったのは、暗闇ではありませんでした。

長い夜を語り明かし、少しずつ空が明るくなっていくような感覚。

これまでに観た濱口竜介監督作品のなかで、私はこの映画がいちばん好きです。

『急に具合が悪くなる』へのひと言

リーダーシップと対話、そして強い女性。

物語の一方の中心となるのは、パリ郊外の介護施設で施設長を務めるマリー=ルーです。

彼女は、入居者を一人の人間として尊重する介護を実現しようとしています。劇中では「ユマニチュード(Humanitude)」として紹介されます。しかし、理想を掲げてすぐに組織が動くわけではありません。

現場には現場の事情があり、職員には疲弊があり、経営には経営の論理がある。国の制度も、要介護の人が減ると補助金も減るという矛盾があります。

新しい方法を導入するときに起きる反発。部下からは理解されず、上からは十分な支援を得られない。管理職は、理想と現実の間で挟まれます。

マリー=ルーの焦りや苛立ちは、単なる善人として描かれないからこそ、とても現実的でした。人を大切にしたいという思いが強いほど、自分にも周囲にも無理をさせてしまうことがあります。

どれほど熱意のあるリーダーでも、一人では組織を変えられません。

しかし、マリー=ルーは頑固でもないし、トップダウンでもないし、組織と入居者のことを考えて行動する。腹を括った人です。たまに喫煙してストレスをやりくりしつつ、自分の周囲の仲間とともに、少しずつ改革を試みる戦士。そんな感じがしました。

高齢者施設の日常

マリー=ルーの職場は、かつて精神病患者向けの施設として使われていたことから、開放的な中庭があります。

こういった高齢者のための施設は、当事者と家族以外は馴染みがないというのが、フランスも日本も実情でしょう。

とりわけ、現場のスタッフたちの笑顔が心に残りました。介護職も、レクリエーション職も。

入居者と目を合わせ、声をかけ、身体に触れる。相手への気遣い。「ユマニチュード」は技術ですが、基礎的な対人コミュニケーションができているプロであり、笑顔のある現場です。

介護される側を「何もできない人」にせず、その人の中にまだ残っている力を探す。

老いと障害、健康と病気、自立と介助。その境界線は、私たちが考えているほど明確ではないのでしょう。

昨日までできていたことが、今日はできなくなるかもしれない。一方で、もうできないと思われていた人が、誰かの働きかけによって動き出すこともあります。

この「境界」が何なのかを考えさせるのも、本作の一つのお題かと思います。

映画には、フランスで芸術に触れることが日常の一部として根づいている様子も描かれます。少し前衛的な演劇でも、入居者全員がそれを楽しむ場を作る。演劇が、生活とは切り離された高尚なものではなく、人が哲学的に、社会や自分自身について考える場所になっていることを感じます。

そして、演劇をきっかけに、自分を取り戻す、自分の中に表現が残っていることを思い出させることは、できるのだと思います。

もう一人の中心人物が、日本人の演出家・真理です。

死に近づいている真理と、老いや衰えに日々向き合うマリー=ルー。二人の女性は、出会ったばかりながら、夜がふけるまで、また日本とフランスを移動して、言葉を交わします。

濱口作品でたまにありますが、フランス人がフランス語、日本人が日本語で話していて、通じている場面。その人の一番の自然があって、本来こうやって会話できたらいいのにと思うような展開を見せられています。

そして二人のふとした表情が、とてもよかった。相手の言葉を受け取りながら、心の中で何かが動いていく顔です。セリフだけではなく、沈黙や視線までが会話になっていました。

真理の、「生きたい」という渇望も、とても自然な思いでした。この世が楽しすぎる、というのも日々の力になります。

この二人の女性。「女性の映画」と仰々しく言う必要はなくとも、女性が仕事を持ち社会と関わる、役割と責任を果たし、責任を負い、共同作業をする、そういったことが、ごく自然な風景として置かれています。その自然さも心地よく感じました。

大物が出てきた

そして、長塚京三さんです。ノーマークだったので、嬉しかった。

フランス語と日本語を行き来しながら舞台に立つ姿には、存在感があふれていました。年齢を重ねた俳優が、お元気で、堂々と言葉を操る。その存在だけでも、映画への貢献が大きかったように思います。

長塚京三さん演じる清宮吾朗も、印象深い存在でした。はじめ、少年の祖父(真理の父)かと思ったら、そうではない。恋人関係でもない。それでも、演出家と俳優として長い時間を過ごしてきた間柄には、家族にも似た近しさがあります。近すぎて見えてしまうからこそ、そっと気遣う。その自然な関係が、この映画を優しいものにしていました。

『急に具合が悪くなる』は、死と隣り合わせの映画と言っていいでしょう。しかし、不思議なほど生きる力に満ちています。劇的な奇跡が起きるわけではありません。問題がすべて解決するわけでもありません。

ただ、二人の女性が話し続けるうちに、長かった夜が少しずつ明けていきます。二人は、そのわずかな光へ向かって歩みを止めません。夜はいずれ明けるということを分かっているかのようです。

正直、3時間16分という上映時間は長く感じました。2時間を過ぎたあたりで終わっても、上質な作品として成立していたと思います。

それでも、この映画が最後まで見せてくれたのは、生きることの美しさでした。言葉を交わし、何かを表現し、誰かと笑うことができる。その当たり前で尊い喜びを、静かに味わう時間でした。原作からのアレンジが、気になるところです。

今日はこの辺で。

映画公式サイト:https://www.bitters.co.jp/soudain/

Junko

1973年静岡生まれ、星読み☆映画ライター。アメリカ留学経験者、異文化交流実践者、広報コンサルタント。

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