『さよなら、僕の英雄』を観て、バイキングが怖くなった

こんにちは、星読み☆映画ライターのJunkoです!

さよなら、僕の英雄』(アナス・トマス・イェンセン監督、2025)を観ました。原題は(Den sidste viking / 「最後のバイキング」の意)です。

観終わって最初に思ったことは、映画のテーマとは少しずれているかもしれません。

『さよなら、僕の英雄』へのひと言

バイキングって怖い!

冒頭では、バイキングの集団が描写され、残酷な寓話が語られます。ツノがついたヘルメットも印象に残ります。斧による戦いは生々しく、バイキングに対してまず「身体的で怖い!」という感情が湧きます。

とはいえ物語の設定は現代で、実際に描かれるのは、幼い頃のトラウマを抱えた兄弟の再会。

兄マンフレル(マッツ・ミケルセン)と弟アンカー(ニコライ・リー・コス)。弟は、兄の自由奔放な性格に振り回されながら育ち、兄の奇行があれば父に虐待され、兄にも父にも複雑な感情を抱えていたことでしょう。銀行強盗で捕まり服役、15年後に娑婆に出てきます。この15年という間に、兄は自身をジョン・レノンだと思い込み、「ジョン」と呼ばれなければ混乱してしまうように変化していました。

少し、「自分の世界」があるお兄さんです。

デンマークや北欧の観客なら、バイキングという言葉からもっと多くの歴史や文化的な背景を受け取れるのかもしれません。私には、完全には受け取れなかったので、最後まで「バイキングとは何だったのだろう」という問いが残りました。

いくつかのレビューから読み取ったところ、冒頭の寓話は実在しないものの、寓話自体が少し馬鹿げている設定です。戦いで腕を失った王子に、「王子だけ腕がないのはかわいそうだ」「じゃあ全員の腕を切ろう」という話が出てきます。

もしこれを子どもが読んだら、美しい平等の物語なのか、はてまた平等を追求した結果の愚かさなのか。

その辺りははっきりしないものの、原題「最後のバイキング」が指しているのは、おそらく兄マンフレルでしょう。小さい頃から大切にしていたヘルメット、そして斧を持つ姿はどこか誇らしげで、愛と暴力とプライドが一体になった「最後のバイキング」を体現しているように見えます。

一方、邦題『さよなら、僕の英雄』の「英雄」は誰なのでしょう。

素直に読めば弟から見た兄マンフレルですが、英雄と聞いてパッと連想するのは、ジョン・レノン級の人です。ポスターでマンフレルがビートルズ風の衣装をまとっていることもあり、宣伝全体としては「バイキング」のイメージより「ジョン・レノン」の印象を強く受けることになりました。

ストーリーの拡散具合

本作は、私には少し要素が多く感じられました。

兄弟の父はアル中でした。幼少期の虐待、トラウマ、そこに15年前の銀行強盗、金銭トラブル。兄のジョン・レノン自認、そしてその他ビートルズの仲間も登場します。

銀行強盗もビートルズも興味深い題材なのですが、作品の中ではどうしても脇役に思えてしまい、少し欲張りだったように思います。

そこも意図なのかもしれませんが、コメディもサスペンスもヒューマンドラマも全部乗せです。ミックスジャンルゆえ、忙しい感じがしました。

マッツが演じる兄

マッツ・ミケルセンの存在感はやはり特別でした。

派手な演技ではありません。この兄マンフレルには、明らかに現実に適応できていない行動がたくさん見られます。マンフレルと呼ばれるだけで自分のからだを傷つけるような衝動的行動に出たり、他人の猫を盗んだり。周りの大人も、分かって加減してくれていますし、作中で精神病棟に入れられてしまうシーンもあります。

少しだけ、『レインマン』のダスティン・ホフマンを連想しました。弟が、兄の面倒を見たり、才能を発見したり、少し見下したりと、さまざまな感情が溢れます。

このマンフレルが面白いのは、「今、この人は状況を理解しているのか」「過去の正しい記憶を持っているのか」「これは演技なのか否か」がわからない。その曖昧さを残した直球の演技には、引き込まれるものがありました。

私からみると、主人公は銀行強盗の弟アンカーなのだと思います。マッツのクレジットは最初に登場しますが、作品の中では脇役的に、いい味出しているなと感心しました。

今日はこの辺で。

映画公式サイト:https://cinema.starcat.co.jp/goodbye-myhero

Junko

1973年静岡生まれ、星読み☆映画ライター。アメリカ留学経験者、異文化交流実践者、広報コンサルタント。

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