恋愛映画の“お約束”を外した『マテリアリスト』
こんにちは、星読み☆映画ライターのJunkoです!
『マテリアリスト』(セリーヌ・ソン監督、2025)を観に行きました。『パスト ライブス/再会』の監督ということで、普通の恋愛映画に見せかけてちがうんだろうな、と思いながら劇場へ向かいました。
恋愛映画であれば、二人の男性の間で気持ちが揺れ動き、最後にどちらを選ぶのか……そんな物語を想像できます。リアリティー・ショーなどでも鉄板です。
でも、この作品はちがいました。
『マテリアリスト』へのひと言
二人の男性の間で、揺れ動かない。
この構成が、とても新鮮でした。
一人は誰もがうらやむような好条件のハリー(ペドロ・パスカル)。もう一人はそうではない元カレの、ジョン(クリス・エヴァンス)。
ところが映画は、その対立をいつまでも引っ張りません。
「どちらを選ぶのか」という恋愛映画ではなく、「人は何を基準に人生のパートナーを選ぶのか」という問いへ、自然にテーマが移っていきます。
条件を知り尽くした主人公
ダコタ・ジョンソン演じる主人公ルーシー。35歳で、年収8万ドルを稼ぐ人気マッチメーカー。恋愛を「条件」で見続けてきた彼女だからこそ、その考え方にも説得力があります。
毎日、年齢や年収、身長、容姿、学歴など、さまざまな条件を見ながら人と人を結びつける仕事。ロングブーツでカツカツ歩く彼女自身、お金持ちじゃないと結婚しないと公言しています。
恋愛を理想だけで語れないことを、誰よりも知っている女性。だからこそ、彼女がたどり着く答えには重みがあります。
条件だけでは測れないもの
結婚を考えるとき、男性の経済力は実際大きな要素です。きれいごとでは済まされません。
一方で、この作品は「条件がすべてなのか」という問いも投げかけます。
バブル期の日本には「三高」という言葉がありました。
今も形を変えながら、「男性はこうあるべき」「女性はこう考えるもの」という固定観念は残っています。
でも現実には、その枠を越えて幸せな関係を築いている人たちもたくさんいます。
『マテリアリスト』は、そんな固定観念を静かに見つめ直す作品。「人生のパートナーに何を求めるのか」を描いた作品でした。
原題「Materialists」
原題の「Materialists」は、「物質主義者」という意味です。複数形ですね。
内面ではなく物質や、条件を重視する人って感じでしょうか。ですから、「三高」を求める気持ちがあるなら、私たちも少しはマテリアリストなのかもしれません。
例えばですよ、「三高」にある身長・年収・学歴のうち2つしか選べないとしたら? もしくは、1つしか選べないとしたら?
家族(夫もしくは妻)になる人には、私たちは驚くほどシビアな目で相手を見ています。だからこそ、ルーシーが自分の人生に必要なものを選び抜いた時、素直に脱帽しました。
今日はこの辺で。