原作の世界に徹した是枝裕和監督の『ルックバック』
こんにちは、星読み☆映画ライターのJunkoです!
先月、『ルックバック』(是枝裕和監督、2026)を観てきました。
原作は藤本タツキさんの読み切り漫画。2024年にはアニメ映画にもなっています。私は原作未読、アニメ版も冒頭で挫折してしまったような……。今回は、一本の実写映画として鑑賞しました。
『ルックバック』へのひと言
是枝裕和ワールドをあまり感じない。
監督だけでなく、脚本も編集も是枝裕和。それなのに、これまでの是枝作品を観たときとは、少し違う感覚が残りました。
まず、4人の俳優が素晴らしかった。
小学生時代の藤野と京本を演じた七瀬ふうりと岡田六花。そして成長した二人を演じた出口夏希と蒔田彩珠。

幼い頃から漫画を描くことに夢中になり、互いを意識しながら成長していく二人。4人の俳優が、それぞれの年代の藤野と京本を見事につないでいました。
そして脇役もなかなか豪華です。
印象的なのは、集英社の編集者・前田を演じた菅田将暉。大きく物語を動かす役ではありませんが、こういうところに実力派の俳優を置くのも贅沢です。
それにしても、劇中には集英社の存在感がたっぷり。集英社の立派な宣伝映画にもなっているような…。
さて、是枝監督といえば、子どもの自然な表情を撮る監督という印象があります。
『誰も知らない』の柳楽優弥、『怪物』の黒川想矢と柊木陽太、そして『箱の中の羊』の桒木里夢。
子どもたちの何気ない、ふっと湧いた表情を捉えるのが本当にうまい。特に少年を描くときの是枝監督には、独特の観察眼があるように思います。
一方で、少女を撮る監督としては、岩井俊二監督を思い出していました。
『花とアリス』(2004)などで描かれる少女たちの、ちょっとした仕草や、友情と嫉妬が入り交じる関係。あの独特の空気感は、岩井監督ならではのものだと思います。
私は是枝監督の『海街diary』を観ていませんので、ぜひ検証したいところです。
ペンを走らせる音、漫画のアナログ魂
本作で特に印象に残ったのが、漫画を描く音です。
紙の上をペンが走る。カリカリ、シャッシャッという音。最初は猫が爪を研ぐような、少し奇妙な音に聞こえますが、慣れるとなんだか心地よい。
二人がひたすら机に向かって漫画を描く姿を見ていると、漫画というのは、頭の中にあるものを紙に絞り出し続ける、地道な作業なのだと改めて感じます。
デジタルで漫画を制作する作家さんも増えましたが、本作には紙とペンで描くことの手触り感があります。スクリーントーンを貼ったり、インクを物理的に紙の上に飛ばしたり。そんなアナログならではの細かな作業まで描かれています。
特にこの、どてらを着て引きこもっていた京本(岡田六花)は、引っ込み思案な性格を見せながら、ペンを走らせる勢いはあまりにも大胆。迷いのない表現に吸い込まれます。
是枝監督は、俳優たちに実際に漫画を描く練習をさせ、ペンの音にもこだわったそうです。
こういう細部の積み重ねは、実写映画ならではの魅力でしょう。
秋田ロケに見る、日本の原風景
もう一つ印象に残ったのが、秋田の自然です。
本作の舞台は秋田県。原作者の藤本タツキさんは秋田県にかほ市の出身で、映画も同市を中心に撮影されています。
緑の深い森、田舎道、四季の移り変わり。
そんな風景を見ているうちに、私は『となりのトトロ』を思い出してしまいました。
日本の森と少女という組み合わせは、どうして宮崎駿の世界を連想させるのでしょうか。
もちろん、秋田の自然は本物ですし、トトロが登場する森とはちがいます。それでも、深い緑に包まれた日本の原風景には、どこか共通する映像の記憶があるように思いました。
山形美大と、突然起きる事件
物語の後半、京本は美術大学へ進学します。
劇中では「山形美大」と呼ばれていますが、撮影に使われたのは山形市にある東北芸術工科大学。私も知っている場所です。
調べてみると、藤本タツキさん自身がこの大学の卒業生とのこと。
秋田で育ち、山形の美大に進む。京本の歩んだ道には、作者自身の経歴が重なっているのですね。
そして、その美大で突然、事件が起こります。
正直、物語の展開としてあまりにも唐突でした。
それまで丁寧に描かれてきた二人の成長や漫画制作の日々が、突然の暴力によって断ち切られる。まるで別の映画が始まったような印象さえ受けました。
同時に思い出したのが、2019年の京都アニメーション放火殺人事件です。
実際に、原作『ルックバック』(2021)がこの事件を想起させる作品として語られることもありますが、作者がこの事件を直接のモデルにしたかどうかは不明です。
そう考えると、あの唐突さにも意味があるのかもしれません。現実の事件は、前触れなく起こります。理不尽な暴力によって、創作に情熱を注いでいた人たちの未来が突然絶たれてしまう。
ただ、そうした背景を知ったうえでも、映画としてあの事件をどう受け止めればよいのか、私の中では少し引っかかりが残っています。
原作の世界に徹した是枝監督
『誰も知らない』や『怪物』など、是枝監督作品では、子どもたちの姿を通して、家族や社会のあり方を考えさせられます。
是枝監督自身のオリジナル作品だったら、もっと社会性やメッセージが前面に出ていたかもしれません。
一方の『ルックバック』では、是枝監督は、藤本タツキさんの世界を実写として立ち上げることに力を注いだのかもしれません。
原作者の故郷で撮影し、本人が通った大学を使い、俳優たちに実際に漫画を描かせる。
原作を大切にしながら、実写だからこそ表現できるものを積み重ねていく。そういう仕事に徹した結果、私はいつもの「是枝色」をあまり感じなかったように思います。
映画を観終わって、最も鮮明に残っているのは、やはり二人が漫画を描いている姿です。
最初は互いを意識する存在だった藤野と京本が、一緒に漫画を描くようになる。そして、やがて別々の道を歩き始める。
二人を結びつけたのも漫画なら、二人の距離を変えていったのも漫画でした。思春期にそんな経験をする人も、少なくありません。あの頃は、この関係が「一生続く」と思っていますから。
そんな年月の経過を、あの紙の上を走るペンの音とともに思い出します。
今日はこの辺で。
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