ジョハリの窓は3Dに 無意識の大海原に漂う私たち

ここのところ、メンタルの勉強をする中で、昔習った「ジョハリの窓」を少しちがう角度から見てみることとなった。

言うまでもないが、ジョハリの窓は自分と他者が、自分のことを「分かっている」「分かっていない」を4つのパターンに分けたもの。自己開示を増やし、相手からのフィードバックを得ることで、自分も他人も知っている「解放の窓」領域が広がり、コミュニケーションがより円滑になる、と言われている。

From Wikipedia

「自分で分かっている」という自己認識は、あくまで自分が認識している範囲であり、無意識を含んでいない。そして、人間には思いグセというのがあって、無意識で思っていることを引き寄せたり、行動してしまうことの影響の方が非常に大きい。

UMI(ユー・エム・アイ)で勉強したことをベースに、例えば彼氏・彼女との関係に置き換えてみよう。自分を、彼氏のいる女性に設定してみる。

①意識:彼にもっと愛されたい!

②無意識:(意識の根にある思い)私は彼に愛されていない。

③無意識:「私は彼に愛されていない」を証明するための行動に移し、結果彼に嫌われるような行動を取る

④意識:やっぱり私は彼に愛されていない。

例えば③で、何度もメールやLINEをするなど、よくありますよね。結果、うざい女性になっています。

ここで思いグセを修正できるとしたら、

  • ①で「ない」ことより「ある」ことに注目する。愛されていないことはないことに気づく。
  • ②彼がいてもいなくても、会えても会えなくても、満たされた自分を作っていくこと。(彼と会うことで自分を満たすのは、相手のエネルギーを奪います)
  • ③で彼との会話により、フィードバックをもらう。例えば、連絡が少なくなったことは気持ちが薄らいだからなのかどうか、事実を確かめる。

「ジョハリの窓」の重要ポイント2つ「自己開示」「フィードバック」は、変わりません。ただ、「ジョハリの窓」が二次元ではなく三次元のキューブ型で、私たちは意識と無意識を行ったり来たりしているのではないかとイメージします。自分で分かっている領域 I. III. は意識部分では本当にわずか。相手には、無意識部分も含むフィードバックをくれ、また相手と話すことで誤解が解けて、思いグセを手放すこともできるのです。

 

「幸せになりたい!」から抜け出す

半年間楽しんだ朝ドラ「半分、青い。」は、大好きな北川悦吏子さんが脚本の作品。

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私の学生時代、朝ドラはどちらかと言えば男性ウケする話題で、「エラい会社役員(当時は男性が前提)に会ったら朝ドラの話題を振れば間違いない」くらい鉄板ネタと言われていた。

それが近年ディーン・フジオカさんの「五代ロス」現象を生むなど、女性での話題に変わっていった感がある。この5-6年の男性キャストを見ると、向井理さん、高良健吾さん、松坂桃李くん、福士蒼汰さん、鈴木亮平さんなど、私でも分かる人気の方々ずらり。今回も佐藤健さんの「律ロス」間違いなし。あ、「秋風ロス」か?

最終回の今週は、「幸せになりたい!」がテーマ。もちろん、ヒロイン鈴愛ちゃんの幸せを祈らずにはいられないが、幸せになるには簡単な方法がある。

自分が幸せだと思うことだ。

繰り返し説かれていることなので、私が理解しているままにお伝えする。「幸せになりたい!」は、「私は幸せではない」と同義。その思いが、無意識に「私は幸せではない」事実を引き寄せてしまい、もしくは「幸せになること」を自ら拒否してしまい、結果的に幸せになれない。

いやいや、幸せなんて一つもない、と思っている方がいるとしたら、まずこれを読んでくださっている時点で、

  • 電気がありスマホやPCがあることに感謝
  • 目から情報を得ることができることへの感謝
  • 読む時間があることに感謝
  • 屋根の下で、落ち着いて読めることへの感謝

など、どんなことに対しても感謝の気持ちを向けることができる。「ない」より「ある」に目を向けると、あることへの幸せが、自然と次の幸せを呼び込んでいくのだ。

そんな簡単だが忘れがちなことを思い出すために、たまにロンダ・バーンさんの「ザ・パワー」を読む。愛や感謝についてシンプルな言葉で書かれていて、装丁も素敵。前著「ザ・シークレット」よりもおススメ。

「モテ」への違和感を確信したとき

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少なくとも2000年くらいまで、ティーンや20代が読む男性ファッション誌では、「いかに女性にモテるか」がテーマだった。男子中高生がバンドを始める動機のダントツは「女子にモテたい」だというのもよく聞く。一方で、女性が「いかに男性にモテるか」を公に追求することは、何となくはしたないことのような気がしていた。

2018年の今、そう思う人は少ないだろう。ティーンや女性誌、オンラインでももちろん、いかにモテるか、ゆるふわ、涙目、… 男性ウケするメークやファッションが満載。

今年に入って、メンタルの世界を勉強をした時に、自分が「モテ」に違和感を持ち続けた長年の疑問が、腑に落ちた瞬間があった。

「モテ」とは、「他人に自分の評価を委ねること」だと分かったからだ。

他人からの評価は、モチベーション維持に大切な場合もある。小さい頃は、親から褒められたい一心でお手伝いしたりもする。ただ、大人になるにつれて、自分で自分をハッピーにする方法を学んでいかないといけない。

「モテ」ている時の心理状態。相手への依存心が生まれる。私は好かれ続けなければいけないと感じ、モテている状態を楽しむ余裕がない。または、いつか離れられてしまう不安にかられる。

「非モテ」の時の心理状態。私はモテないから価値がない、自信を持てない、と自分を過小評価してしまう。

少し大げさに書いたので、こんな人ばかりではないのは分かっている。お伝えしたいのは、「どんな状態の自分もオッケー」と思えることだ。男性も女性も、自分がなりたい自分になると決めること、努力すること、そして理想になれてもなれなくてもご機嫌でいる姿が、きっと一番素敵に見える。

自分は若いころからモテたためしがないし、負け惜しみと思われてもよい。モテは脇に置いて問題なさそう。「非モテ上等」なのだ。