国を越えた芸術家、藤田嗣治

東京都美術館の「藤田嗣治展」に行ってきました。

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嗣治(つぐはる)って読めず、上野駅のチケットセンターで「藤田展… ふじたナントカじ展、1枚」と伝えたら、「藤田つぐはる展、1枚ですね」と教えてくれたお姉さんありがとう。藤田氏ご自身も、フランスでは「つぐはる」が難しいため、「つぐじ」というニックネームをお使いだったそうで… 救われた。

画家や作品についてすでに多くの研究がされているはずなので、ここではアイデンティティについて。

多くの人の中で、「私は〇〇人です」という国籍のアイデンティティは大きいと思う。藤田氏の場合は、1910年代に渡仏、中南米を旅行しており、戦中は日本にいて、戦後アメリカに渡り、フランス国籍に変え、晩年は地方での隠居生活、スイスの病院で生涯を終えている。今でこそ海外へ行くことは簡単になったが、画家だから旅ができたと言っていいだろう。

若き頃の藤田氏のトレードマークはおかっぱ頭に丸眼鏡、ちょび髭。西洋の中での東洋のルックスをかなり意識している。欧米や白人への憧れがあるのかと思いきや、中南米では褐色や黒い肌の人たち、日本でも日焼けした沖縄の人々を、たくさん描いている。日記は日本語で残している。

晩年カトリックの洗礼を受けた後は、黒人のマリア様のお顔を全員黒人の天使が囲んでいる絵や、マリア様の横にアジアの風貌をした自身と妻を描きこんでいる絵も見られる。宗教色のある作品は、フランスではそれでも「東洋人の描くキリスト教」と受け止められたようだが、国籍は関係なく、とても自由に作品制作に取り組んでいた様子が想像できる。

黒田氏は国に特徴づけたり収められたりできるような作風もなく、むしろ時期によってここまで色使いがちがうかというまでの作品の変遷が見られている。黒田氏を黒田氏たらしめたものが国籍ではないのは明らかで、彼を形容するには「芸術家」という言葉が一番しっくり来る。フランス政府、のちに日本政府からも受勲しているが、明らかに国の枠組みを超えた、世界のフジタ、と思える。開催は2018年10月8日(月・祝)まで。