マーティは何かをつかめたのか?『マーティ・シュプリーム 世界をつかめ』
こんにちは、星読み☆映画ライターのJunkoです!
『マーティ・シュプリーム 世界をつかめ』(ジョシュ・サフディ監督、2025)を観てきました。ティモシー・シャラメ出演だったので以前からチェックしていましたが、149分という長さもありやや敬遠。3月末に行きましたが、お客さんあまり入っていなかった…。
では早速、ひと言です。
『マーティ・シュプリーム 世界をつかめ』へのひと言
展開が速いのに、結論が遅すぎ。
この作品は、タイトルにもあるように、マーティ・マウザーという男が、世界をつかむために奔走する話です(シュプリームに関しては、後述)。ですから、「夢を手にいれる」ためには何でもやる、というガッツも行動力も、そしてずるさもあります。
そして、最後に何をつかんだか。ラストはティモシー渾身の演技なのですが、そこまでは本当に共感できないチャラ男を130分くらい見させられるのです。そこがこの映画のキツいところでした。
ティモシーだから見ていられるという表現が的確なくらい、嘘つき、裏切り、下世話、金目当て、薄情、ずる賢い、全部あります。
実在の卓球選手マーティ・リーズマンの人生に着想を得ていたということだったので、私は卓球の色付きボールをブランド化する話だと思っていたんです。そのブランド名が、「マーティ・シュプリーム」。十分な伏線にはならなかったようです。
ただ、ティモシーはこの映画のために6年間卓球を練習したという入れ込みっぷり。相変わらずの俳優魂を尊敬します。
シュプリームの解説
はい、読者の皆様も、ストリート・ファッションのSupremeブランドをご存知だと思います。

“Supreme”は、「最上位」「全部盛り」「一番いいもの」。The Supreme Court(最高裁)から、Supreme Pizza(全部乗せピザ)まで、広く使います。
“Supreme”は、「頂点に立つ」「名前そのものが価値になる」といった強いニュアンスがあるので、ストリート・ファッションにはちょうどいいですね。
けれど、作品の主人公マーティは、決して高貴でもクリーンでもない。欲望に忠実な人物で、頂点に立つことを目指すが、手段は問わない。人としては完成度が低く、三流。
ですから、卓球ボールの名前くらいがちょうどよかったわけです。Marty Supremeは、Martyという名前をブランドとして成立させようとする響きとして働きます。
つまり、言い方は少し冷たいですが、Supremeブランドのお洋服を着る人が、中身がどんな人であれ「カッコよく」なれるように、Marty Supremeという卓球ボールだけは、本人と関係なく、ブランドとして世界を圧倒する可能性を秘めていた。そういうことになります。
邦題は皮肉のニュアンスが届きませんし、私も何なら人名かと思っていたくらいなので、難しいですね。「世界をつかめ」からは配給のご苦労と妥協を感じました。
川口功人選手の功績
さて、もう一つ『マーティ・シュプリーム 世界をつかめ』が日本で流行ってもいい理由としては、日本が登場するのです。1950年代のお話なので、敗戦国である日本が再建、復興の最中というところです。
マーティが対戦する相手が、日本のコウト・エンドウ選手で、実際のデフ卓球プレイヤー川口功人選手(トヨタ自動車)が演じています。
私もこの映画で川口功人選手の存在を知ることになりましたが、まずどことなく昭和的なお顔立ちで朴訥(ぼくとつ)とした雰囲気が素晴らしい。
そして、1950年代の日本という時代設定を考えると、「耳の聞こえない卓球選手」というのが、100%応援の対象になっていたと想像します。今のようにろう者を一つの個性として見るというよりは、「かわいそうな人」「苦労した人」みたいに扱われていたと想像しますが、だからこそ「ガンバレ」を送りやすい。世界と戦うコウト・エンドウ選手に、戦後のニッポンを賭けるほどのうねりが生まれます。
ハリウッド映画的には、アジア人であり、障害を持った方のキャスティングは、喜ばしい話。だから一粒で3度美味しいのです。
もちろん川口選手は俳優ではないので、自分を通してデフ卓球について知る人が増えたら嬉しい、という利他的な動機を持っています。これから、車椅子テニスの国枝慎吾元選手のように、世界に知られる人になっていかれることと思います。
グウィネス・パルトロウの存在感
さて、ティモシー・シャラメの演技が最高なのは織り込み済みですが、久々にスクリーンで見たグウィネス・パルトロウも素晴らしかったです。
グウィネスといえば、私と同世代なので、かつてブラッド・ピットと付き合っていたことなどはもう過去の3乗。
2000年代までは映画に出ていましたが、その後出産等を経て出演本数が減り、見ることがなくなっていた彼女。年相応に美しく、チャーミングな姿が、とても嬉しかったです。
グウィネス自体は映画監督と女優の間に生まれたサラブレッドなので、彼女こそ他を圧倒するシュプリームな存在ですが、映画の中では経営者と結婚したパッとしない女優ケイ。そして50年代というほかの娯楽が乏しい時代、マーティのようなゲス男が誘うと引っかかってしまいます。そこもまた、グウィネス本人と女優ケイの間にギャップがあって面白い。
最上級のティモシーやグウィネスが、最上級ではない登場人物を演じたところ、楽しませてもらいました。
今日はこの辺で。