監督と俳優の関係性を見る、『インランド・エンパイア』
こんにちは、星読み☆映画ライターのJunkoです!
『インランド・エンパイア』は、デヴィッド・リンチ監督の2006年作品。日本では2007年に公開していたようですが、当時は観ることができず、今回は4K版の上映でした。
デヴィッド・リンチと言えば、白人女性が命を落としたり、痛めつけられるシーンが多かったり、夢と現実を行き来したり、そんなテーマが共通しています。本作はどんな映画でしょうか?
『インランド・エンパイア』へのひと言
この作品は、リンチ監督とローラ・ダーンの信頼関係そのもの。
本作は、ローラ・ダーンも共演のジャスティン・セローも俳優役で、ハリウッドのスタジオでとあるポーランド映画のリメイクに挑戦します。『暗い明日の空の上で』(原題:On High in Blue Tomorrows)という映画なのですが、この元映画は未完に終わっており、Tomorrowsが複数になっているところもしっかり気味悪いです。ローラたちがこの撮影を進める中で、役とプライベートの自分、そして現在と過去が、交差していきます。
そしてその不穏な空気の中、ローラ・ダーンは終始恐怖におののくか、泣き叫ぶか。ローラ・ダーンの怯え顔はリンチ映画のトレードマークのようになってしまったと思いますが、さらに呂律の回らない話し方で壊れていく様は、逆に怖いです。
もちろん女優さんとして、あくまで役を演じるわけですが、3時間の映画で壊れる女を演じるには、理解と割り切りが必要です。彼女がどうしてそれができたかというと、やはりリンチ監督との信頼関係しかないと思うのです。作品に関係性までが見えるかのようです。
もちろん追い詰められる女性に、ある種の暴力性が感じられるので、ローラ・ダーンのように聡明な女優は、こう言った関係性がなければ断っている作品だと思います。
その意味で、リンチ監督の集大成と評する人もいるし、一生に一度撮れるか撮れないかの映画、という意味でもイエスだと思います。
3時間が必要かどうか
リンチ監督は、ハリウッドのお花畑的な映画は作らないものの、作品の長さにおいては2時間というのを守ってきた監督のように記憶している。1977年の『イレイザー・ヘッド』から数え、実は映画は10本しかなかったが、この『インランド・エンパイア』が180分で最長。次が『マルホランド・ドライブ』(2001年)の146分だった。
観客は俯瞰して見ているわけではなく、主人公の脳内を少し体験したり、狭窄なカメラワークに恐怖を覚えたりと、作品を体験しながら少しずつ鋭気が奪われていく。もちろん2時間ちょっとにできたであろう作品だが、冗長さこそが、試練。終わりのない悪夢。途中で退室しようかと思った瞬間もあったことを、記しておきます。
裕木奈江さん
印象的だったのは、裕木奈江さんがセリフ付きで登場している点。いま語られる「多様性」つまりアジア人を何%起用しなさい、という文脈よりもずっと前に、リンチ監督はアジア人を配置していました。Street Person #2として、NAEというお名前でクレジットを確認しました。
エンドクレジットさえも、不気味です。
リンチ監督は1946年生まれで、2025年に亡くなっています。遺作である本作が2006年なので、ちょうど60歳の時の作品でした。体力的なことかなと思いましたが、2017年のインタビューで、「2006年を最後に、劇映画に関心がなくなった」と発言しています(出典)。
それでも1970年代から2000年代を駆け抜け、かつ「ツイン・ピークス」のようなヒットシリーズを生み、カルト的な存在だったことは言うまでもありません。裕木奈江さんと言う日本人を起用してくださったことも嬉しかったし、公開から20年経って拝見しても古くない、それがリンチの凄さを現しているでしょう。
今日はこの辺で。
作品公式サイト:https://unpfilm.com/empire/