人として尊重されること、『タンゴの後で』
こんにちは、星読み☆映画ライターのJunkoです!
『タンゴの後で』(原題 Being Maria、ジェシカ・パルー監督、2024)を観てきました。ベルナルド・ベルトルッチ監督の代表作の一つでもある『ラスト・タンゴ・イン・パリ』(1972)を、主演女優の視点から描いたものです。

元の『ラスト・タンゴ・イン・パリ』脚本は、監督オリジナルのものです。
私の今回の動機としては、マット・ディロンがマーロン・ブランド役をやったので観てみたい!というのが一番大きく、もう一つはいわゆる “Me Too” を主題としたような告発の作品だと想像して、観てみようと思いました。
『タンゴの後で』へのひと言
謝罪の重要性。
私は1973年生まれで、ベルトルッチ監督作品について知るのは高校生頃です。
ベルトルッチ監督は、その頃『ラストエンペラー』や『シェルタリング・スカイ』を発表していて、脂の乗った監督でした。
『ラスト・タンゴ・イン・パリ』のビジュアルに映るマリア・シュナイダーを見て、正直「かわいくない」と思いました。きついパーマが似合っていなかったのです。
今回『タンゴの後で』を観て、作品に起用されるまでのマリアはストレートヘアでした。この方がよっぽど愛らしい!

シュナイダーという名前にドイツ系?とも思ったのですが、劇中でも紹介されているように、もともと著名な俳優ダニエル・ジェランの子どもです。しかしいわゆる婚姻関係に生まれた子どもではなく、シュナイダーというのは母親(ルーマニア出身)の姓のようです。
さて、19歳で主要な役に抜擢されたマリアが、映画の中でレイプされるシーンの撮影がありますが、これが問題となったシーンです。監督の意図により、マリアを本当に恐怖に陥れるような演出がされました。
『タンゴの後で』のこのシーンは、マリアの顔がアップになります。からだが映るわけではありませんが、見ていて苦痛です。一つ目の感情は、恐怖。
そして、もう一つはマリアの目線(もしくは神の目線)で、監督、カメラマン、その他スタッフ、ほとんど男性に囲まれた演出側が、静かにそのレイプシーンを見つめている様子。むしろ見守っている様子、かもしれません。二つ目の感情は、屈辱。いわば公開処刑です。
これに対して彼女は感情を顕にし、撮影は一旦休止するも再開。「はい、お尻出して」こんな感じです。
バスタブに浸かったシーンでは、張ったお湯の中に頭を埋められ、「カット」後けっこう遅くに女性スタッフがバスタオルを持ってくる。つまり湯の中で時間をかけて撮影に挑んだ役者に対しての尊敬や労いは感じられない。そんな描写でした。
その後映画がイタリアでは検閲により上映禁止になるなど、話題となるなかで、マリアの心の中にずっと残り続ける、トラウマ。
当時は芸術家や作品の意図の元に「許容されていた」という空気感が強かったとはいえ、演者当人に知らされていなかったのは、やはり怒りたくなる出来事。
そして、芸術家である前に人間として、例えば親として、「自分の子どもが同じ目に逢ったら」と思うと、やはり答えはノーだったと思うのです。
作品中、マリアはずっとずっと、もう無意識レベルで「謝罪」を求めています。
倫理的なことを言うつもりもないのですが、世の中、交通事故が起きたり、戦争が起きたりする。被害者が出る。そうすると、最後に残るのが「謝罪」です。被害者が存命でもそうでなくても、やはり真摯な「謝罪」がほしいのです。
実はとても貴重なインタビューがあります。英大衆紙の「Daily Mail」(記事原文)が2007年にシュナイダーを取材したもので、以下のことが分かります。
- ブランドとシュナイダーは親子ほど歳が離れていて、恋愛感情はなし。実際ブランドは実の娘シェイエンヌ・ブランド(Cheyenne Brando、1970年生まれ)がベビーフェイスのシュナイダーに似ていると発言していた。
- 『ラスト・タンゴ』で稼いだのはブランドとベルトルッチ監督で、シュナイダーにはわずかなギャラしか支払われなかった。
- シュナイダーの記憶によれば、レイプシーンにバターを使おうと発案したのはブランドだったが、シュナイダーはベルトルッチ監督のことをより憎んでいる。監督は役者を意図的に操る傾向があったため。17年前(=1990年)東京で再会したが、無視した。
- シュナイダーに払われたギャラは、当時の金額で2,500英ポンド(1ポンド400円として、100万円)。* 別のインタビューで5,000米ドルと答えている(1ドル300円として150万円)。
- シュナイダーは、映画の後、現実逃避のためにコカイン、LSD、ヘロイン等の薬物に手を染め、結果苦しんだ。
- シュナイダーは生涯独身だったが、自分でも映画より前から男性(父親に始まる)に対する不信があることを認めていた。
BBCによると(記事原文)、ベルトルッチ監督も2013年のインタビューで、シュナイダーが彼を「憎んでいた」と認めました。
薬物に関しても、当時の俳優やミュージシャンは全員経験していたのではないかと思いますので、特段すごいことではないかもしれません。でも、今ならそういったスターダムに上り詰めた人も、性的な演技を求められている人にも、きちんと心のケアをするプロフェッショナルをつける時代です。その点、エンターテインメント業界は改善したと言えると思います。
マイキー・マディソンは、『アノーラ』でインティマシー・コーディネーターをつけるオファーがあったものの、つけなかったことが話題になりました(記事原文)。監督の過去作品を見ていることと、セックス・ワーカーの役だったことから、コーディネーターをつけずに「小ぢんまり撮影をしたい」意向があったとのことです。
もっと最近だと、GPTに相談することも選択肢に入るかもしれません。他人を演じるという職業から考えても、心のケアは必要ですね。
当人らに寄せたキャスティング
今回、マット・ディロンが起用されたことで、「ディロンまた悪役やりたい症候群」かと思いましたが、思いの外彼の出番は少なかったです。
でも横顔とかそっくりで、おでこにヒアルロン酸とか入れているのかと思いました。
マリアを演じたアナマリア・ヴァルトロメイは1999年生まれなので、実際の19歳のマリアよりは5歳ほど年上ではありますが、ピュアで(良くも悪くも)無知な様子がよく現れていました。
シュナイダーは生涯愛を求めて、58歳で短い生涯を終えました。女性監督、ベテラン男優と若手女優により、シュナイダーの視点で再現された作品で、少しは心が晴れたでしょうか。今は監督、主演の2人ともに、天国です。
今日はこの辺で。
映画公式サイト:https://transformer.co.jp/m/afterthetango/