心の闇にいくつもの現実が交錯、『ドライブ・マイ・カー』

心の闇にいくつもの現実が交錯、『ドライブ・マイ・カー』

こんにちは、星読み☆映画ライターのJunkoです!

濱口竜介監督の『ドライブ・マイ・カー』(2021)を観てきました。3時間ということで覚悟して行きましたが、意識が飛ぶこともなく見入ってしまいました。見終わって、3時間必要な作品だったな、とも感じています。

映画公式サイトで、『Hollywood Reporter』(米国の映画雑誌/ウェブ)が本作をロードムービーと表現していたのですが、若者が旅に出て成長するのとちがって、中年は旅に出ても苦悩するしかない、そんな人生の(ほろ)苦さを感じます。

この作品のひと言に、参りましょう。

『ドライブ・マイ・カー』へのひと言

以前も書いた、よい作品は複数の層(レイヤー)がある、というのが私の仮説です。

過去と今、死と生。セリフと会話、オンとオフ。今どっち?

物語は基本的に時系列に進行するものの、主人公は過去の思い出を反芻しながら生きています。今にいるようで、過去にいる。車の中で聞くカセットテープには、もうこの世にいない人の声。

戯曲のセリフは感情を込めないもの、とする主人公の演出。役者は相手の言語を理解していなくても、セリフを暗記して反射的に出すのだと説きます。一方で、プライベートでの日常会話は意味のある取り交わしだったか? カセットテープでの練習のように、空虚を埋めるための自動的な音の取り交わしだったのでは? 本当に聞きたいことは聞けなかったのでは?

20年前に娘を亡くした主人公に、娘と同年代の小柄な女性。女性は母を亡くしています。愛車という「自分をホールドする空間」に、礼儀正しくも当然かのように入ってくる。このタイミングで出会った理由はなに? パラレルワールド? メッセンジャー?

(C) Bitters End

とにかく疑問だらけです。だから引きこまれたのかな、とすら思います。

西島秀俊さんは、役に入って相当参ってしまったのではないかと想像しますが、売れっ子演出家の自己管理された体と、対照的な心のどす黒い闇で、主人公を体現されました。

すでに色々書いてしまいましたが、ぜひ本編を見ていただくとして、それ以外に感じたことを3つほど書きます。

なぜドライブ・マイ・カー?

このままの英語だと、「私の車を運転しなさい」の命令形になります。原作は村上春樹さんの同名の短編小説とのことですが、ふと思い出したのがザ・ビートルズの曲。村上春樹さんとザ・ビートルズは切っても切れないでしょうか。

ザ・ビートルズの「ドライブ・マイ・カー」は、ウェイトレスをしている女性が(歌い手の男性に)「私は映画スターになるから、私の運転手にならない?そうしたらあなたのこと好きになるかもね」と話しかける様子が歌詞になっています。

(C) Northern Songs

そして、作詞をメインで担当したポール・マッカートニーさんは、過去の取材で「ドライブ・マイ・カー」はブルースにおける「セックス」の婉曲表現だった、と答えています(出典:Paul McCartney: Many Years from Now)。映画『ドライブ・マイ・カー』でもセックスは一つのテーマですし、車も運転もテーマ。原作はとてもシンプルですが、ここから濱口監督流に3時間の作品に仕立てたことに、敬意を表します。

今の映画制作のリアル

日本映画という枠組みの中で、韓国、台湾、フィリピン…と俳優の国際色があることは、2021年らしさを感じます。

パク・ユリム(Park Yoo Rim)さん
http://star.koreandrama.org/park-yoo-rim/

台湾の女優ソニア・ユアン(Sonia Yuan)さんもこうやってカンヌ映画祭から発信。

撮影がそうであったように、言語もミックスで進行する物語。西島秀俊さんの英語の発音、とてもよいです〜!

そして日本の地方色もあります。広島、そして北海道。特に広島は演劇の地方公演準備で主人公が1ヶ月以上滞在するのですが、東京とちがう空気感にほっこり。そして、地方のアーティストレジデンスに暮らす、ホテルのバーで酒を飲む、演劇仲間のご自宅にお呼ばれする、という日常にもほっこりです。書き出したら、非日常な光景ばかりですけれども。

日本の地理を理解する者としてよかったのは、広島から北海道までの車移動が無謀と分かることです。この文脈は、押さえておきたいですね。

小津監督へのオマージュ?

カンヌ映画祭に出品したくらいですから、海外のオーディエンスは十分意識しているこの作品。映画好きの方ならおそらく「アハハ」と思ったシーンが、西島秀俊さんと岡田将生さんがスウェーデン車サーブ(SAAB)の中で核心に迫る話をするシーンです。

『ハッピーアワー』(2015)

小津監督はハリウッドの180度ルールを壊した人として知られていて、2人の人物の間にカメラを置くかたちで、いわば360度ルールを展開しました。

あの車の後部席という、狭い空間で、カメラは岡田さんを見る西島さんを正面から捉え、そして西島さんを見る岡田さんも正面から捉えます。撮影では2人はカメラに向かって話しかけていますが、観客はまるで自分が話しかけられているような気持ちになり、相手のわずかな表情の変化に、ウソやごまかしがないかを、つい読み取ろうとします。

このシーンは大変居心地が悪く、まさに主人公の「知りたくない、でも知りたい」が現れている気がします。

『PASSION』(2008)

濱口竜介監督は東京フィルメックス推しの作家さんでしたので、お名前は10年以上前からお聞きしていました。しかし、村上春樹さん原作の物語を扱うことのチャレンジたるや、その本気度がうかがえます。並大抵の作家さんは手を出せないはず。

カンヌでの脚本賞も、おめでとうございます! これを機に、濱口作品がもっと見たくなりました。

自分と向き合うことを、ていねいに描いている、『ドライブ・マイ・カー』が好きだ!

映画公式サイト:https://dmc.bitters.co.jp