あなたなら何を守る?『プラハの春 不屈のラジオ報道』
こんにちは、星読み☆映画ライターのJunkoです!
『プラハの春 不屈のラジオ報道』(イジー・マードル監督、2024)を観てきました。英語タイトルは「Waves」つまり、ラジオ短波などで使う、「波」ですね。
チェコスロバキアという国には、聞き覚えはありますか? 今はチェコとスロバキアという国になっています。
『プラハの春 不屈のラジオ報道』へのひと言
信念を守り切る人と、家族を守り切る人。どちらもいた。
『プラハの春 不屈のラジオ報道』は、「プラハの春」という出来事を扱っていますが、自由や民主化を声高に称える映画ではありません。本作が描いているのは、国家の内部で働いていた人間が、どこまで正しさを持ちこたえることができたのかという問いです。
物語の中心にあるのは、国営ラジオ局の国際報道部です。国営メディアでありながら、そこには事実を伝えようとする姿勢、報道としての公平性を守ろうとする現場がありました。1960年代らしいです。作品中にも、海外の通信社から情報を取ったり、裏付けが取れたか確認するなど、ジャーナリズムの基本を押さえている様子です。
その象徴的な存在が、国際報道部長のミラン・ヴァイナーです。後から調べたのですが、彼は実在する人物で、検閲の網をすり抜けながら海外ニュースを直接扱い、放送の質を高め、最後まで事実を歪めない姿勢を貫いていました。
そして、ヴァイナーの強い意志は、彼の生い立ちと切り離しては考えられません。ユダヤ系のヴァイナーは、ホロコーストによって家族を失い、収容所のサバイバーであり、国家や権力が多くの命を奪ってきた事実を当事者として知っていました。ヴァイナーに取っては、起こったままを報道することに、1ミリの迷いもありません。
一方で、この映画の若き主人公であるトマーシュ。彼はヒーローでもないですし、どっちつかずの人間です。両親を亡くした彼が守るべきは弟の存在であります。中央通信局から国際報道部に異動となり、さらに国家保安部(StB/秘密警察)からの協力要請を受けていました。
トマーシュは国に雇われながら、国際報道部の自由主義にもとづく言動を密かに監視するスパイです。彼は、身内を守るために動く、それだけです。そして、迷うし、後悔するし、ぐちゃぐちゃします。明確な正義があるヴァイナーとは対極にいるトマーシュですが、多くの観客が彼に共感してしまうのも事実でしょう。
何を背負って生きるかは、自分で決めます。本作は、ヴァイナー、トマーシュ、さまざまな立場の人をあるままに描いています。
1960年代は「過去」か
本作を観て、1968年という時代が、「過去」になったのかぁ、という印象。もちろんラジオ、録音機材、情報伝達の速度など、技術革新はありますが、当時のことを覚えている人もまだたくさんいるでしょう。
第二次世界大戦(特にナチズム)を再構築、再検証したような映画は複数出ていますね。終戦からは80年です。それを考えると、1960年代ももう立派な過去なんでしょうか。もちろん、風化させないという意味もあると思います。
一方で、東欧諸国にとって、ソ連(ロシア)との緊張関係というのは、変わらないように思います。チェコスロバキアは1918年建国で、チェコとスロバキアになったのが、1993年。東欧は、国家の主権が脅かされることを繰り返しながら歩んできたのが、戦後の記憶です。ウクライナのことも、他人事ではない思いでサポートしているでしょう。
歌が持つ、言葉以上の力
この映画では、サウンドトラックの中に印象的な曲がありました。調べてみると、「Za vodou, za horou」。フォーク・ソング風です。懐かしさを感じる、いい歌ですね。
なんと、1969年に誕生してから、1989年まで検閲によりお蔵入りしていました。
歌詞は、「川の向こう、山の向こう」ということで、政治的な匂いはないものの、「どこか今よりもいい場所」を彷彿させるとのことで、放送禁止だったようです。
歌を国家が危険と判断したのは残念ですが、どんなに抑えようと、隠そうと、残るんですよね。それが結論かと。
チェコは5月に「プラハの春音楽祭」(クラシックですが)という祭典があるほど、音楽を大切にする国民性もあるように見えます。また、チェコの映画で言うと、人形劇が有名なことが真っ先に思い浮かぶのですが、ミロス・フォアマン監督(『カッコーの巣の上で』『アマデウス』)もチェコスロバキア出身でした。
チェコらしい骨太の作品が見られてよかったです。
今日はこの辺で!