引き延ばしの末に行き着く先は、『ブゴニア』

こんにちは、星読み☆映画ライターのJunkoです!

ブゴニア』を観てきました。ヨルゴス・ランティモス監督ですから、普通の映画な訳がありません。今回はどんな哲学的な問いがあるでしょうか?

『ブゴニア』の元々の意味は、「牛の死体からミツバチが自然発生する」という古代ギリシャの伝承だったそうです。そして、この物語でもミツバチが話題となります。

『ブゴニア』へのひと言

最後まで、引っ張る。

物語は、シンプルです。あるグローバル企業が農薬により生態系を乱している。そのせいで母親が深刻な被害を被り、恨む男性(テディ)の勘違いにより、企業CEO(ミシェル)は「宇宙人」とされ、報復計画の実行が始まります。
ただ、最後まで全体像は分かりません。観客はずっと、「真実は何か」を探り続け、決着を待ちます。分からないわけですから、「宙ぶらりんにされている」サスペンスの要素があります。

さて、物語の中で、ある特定の日までのカウントダウンが始まるのですが、その日が来るまでの長いこと!

あらすじの範囲でお伝えすると、企業CEOは誘拐されるのですが、誘拐した男性が捕まるのが先か、この特定の日が来るのが先かで、観客はヤキモキ。まだか、まだかと思うゆえに、2時間の映画でも長く感じました。

この「溜め」が、ランティモス流でしょうか。気持ち悪いです。

エマ・ストーンの狂気

ランティモスの作品にはお馴染みの、エマ・ストーン。彼女の演技は、もはや狂気。

ここにも「層」が存在します。CEOは「宇宙人」そのものなのか、「人間だが宇宙人を装わなければいけない」のか、「ただの人間で途方に暮れている」のか。誘拐犯も通常のコミュニケーションでは通じない相手ですから、取引しなければいけません

時のCEOであり、若く有望な女性ですから、当然逃亡するか、警察が来るまで生き延びることがゴールです。誘拐犯を刺激しないために、あらゆる策を練る。細部からヒントを得て推測する。ここにも聡明さが見て取れます。

予告編などでも使われた、丸坊主のシーンにも理由があるのですが、最後はどんな手に出るのでしょうか?

そしてラストシーン

結末はお伝えできませんが、やや既視感がありました。『キングスマン』です。

もし世界に⚪︎⚪︎が起きたら、のような人間の存在を超える仮定があると、突然、世界のスイッチが切り替わる。その世界が切り替わった先は、どうなるんでしょうか。

ラストシーンは、皮肉とも救済とも取れる。まさにランティモスです。

ジョージア州の質感

エンドクレジットで、ジョージア州がロケ地の一つだったことが分かりました。

農薬企業 Auxolith の本社は、イギリスの Botanica Ditton Park をモデルとして、撮影されたそうです。ですので、ややヨーロッパ的な雰囲気もあり、広大な芝生はアメリカ的にも見え、ガラス張りのビルは近未来的な雰囲気もありました。

一方で、ジェシー・プレモンスが演じたテディは、田舎のさらに田舎に住んでいて、この一軒家の地下室で誰かを監禁しようともほぼ分からないだろうな、という恐ろしさ。そして、自家用車のないテディは自転車で買い物や母の見舞いに行き、実際少し痩せています。フィットネスで体重を維持しているというよりは、あまり栄養のあるものを食べていない印象を受けます。

この、グローバル企業のピカピカ感に対して、テディの底辺な感じ。失礼ながらニューヨークでもロサンゼルスでもなく、ジョージア州の地方都市感満載。持てる者も持たざる者も包み込んでいる感じが、絶妙でした。

残るのは悲哀

最後に。調べながら書いていたら、韓国映画『地球を守れ!』(2003)のリメイクだったんですね。

未見ですが、こちらはコメディっぽく見えます。

ランティモスも、ブラックコメディとして『ブゴニア』を位置付けているようですが、もう少し複雑です。

一つは、「悪徳企業 vs 善良市民」という構図にしていないところ。テディは、この企業で働いているからです。つまり、雇用により彼の生活が守られている。

そして、善良市民の行き着いた先は何か、というと、自身の妄信によって、悲劇を生んでいる構造があります。

え、自作自演なの?

人間の弱さが、見えます。

今日はこの辺で。

映画公式サイト:https://gaga.ne.jp/bugonia/

Junko

1973年静岡生まれ、星読み☆映画ライター。アメリカ留学経験者、異文化交流実践者、広報コンサルタント。

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