優秀な看護師でも限界、『ナース・コール』
こんにちは、星読み☆映画ライターのJunkoです!
『ナース・コール』(ペトラ・フォルぺ監督、2025)の評判がなかなかよかったので、観に行きました。原題(ドイツ語)では “HELDIN”(ヒロイン)で、英語だと “Late Shift”(遅番)です。
主演のレオニー・ベネシュは、にも『ありふれた教室』にも出ていた若き実力派です。
『ナース・コール』へのひと言
投薬ミスの話かと思ったら、ものすごく優秀な看護師の話。
劇映画で、忙しい病棟で、何か投薬ミスがあると言うことだけをあらすじから読んでいました。そうすると、いつ医療ミスが起きるのか、大きな騒ぎに発展するのか、と考えてしまいます。
しかし入院したことがある人は分かるように、患者は常にバイタルサインをチェックされ、それにより命の急変がないように管理されています。体温を測り、血圧を測り、心拍もモニターされ、生きていることを確認できる。正常な枠から出てしまうと、注意が必要です。
主人公の看護師フロリアは、どこにでもいる看護師の代表的な存在。いや、できる看護師の代表でしょう。物語全体が100だとしたら、投薬ミスはそのうちのせいぜい5くらいにしかすぎません。
実は、作品を見て、看護師が投薬をひとりで準備し、ダブルチェックしない状況に驚きました。つまり、薬剤師であれば複数の目で飲み薬をチェックするようなことを、自分だけで行う。現場の人手不足なのか、もともとそのような手順なのか、看護師により大きな権限が与えられているのかは分かりませんでした。しかし、投薬ミスは正直起こっておかしくない環境だと言えます。
本作のメッセージとして、スイスの深刻な看護師不足があります。そして、少ないゆえにこれだけ過酷な状況がある、ということを描くのが目的だとしたら、それはもう大成功だと言えましょう。
ドキュメンタリーの要素
私はドキュメンタリーの巨匠フレデリック・ワイズマン監督(組織の内部を観察により炙り出すことで知られる)のことを思い出していました。彼はナレーションなしで、撮影と編集のみにより、その組織が持つ課題、場合によっては闇を、浮き彫りにしていきます。
今回は劇映画で、主人公を中心とした世界を切り取っていたので、ワイズマンとは異なります。しかし、似たようなリアリティを感じました。なぜかと考えたら、「音」でした。
看護師にとっての生活音は、私たちのそれと大きく異なります。例えばベッドを運ぶ音、エレベーターの音。小さなガラス瓶のぶつかる音、注射器を用意する音、体温計の電子音。もっとも特徴的なのは、手を洗う時、流水の中で手を擦り合わせる音です。
これらが本当に頻繁に聞こえ、看護師の心の中に入っていく隙間がないほど「音」で溢れている。思考に余白がありません。例えは異なりますが、イメージしてもらうなら、飲食店の厨房を思い浮かべてください。
90分という短いはずの映画なのに、観終わった時にぐったり疲労を感じる。
ペースの速い編集も重なり、看護師の1日を目まぐるしく追体験するような、そんな時間でした。
先進国では軒並み、少子高齢化も相まりこのような状況かと思います。この映画で何か物事が動くとは思いませんが、世の中は、移民政策や、テクノロジーにより、動いている真っ只中でしょう。
ちなみに、看護師の友人にこの映画のことを話したら、「プライベートでそういうの見たくない」。それが現実か。
今日はこの辺で。